Archive for December 2007

27 December

まだまだ続く

「くちびるになんかついているけど、それどぉしたの?」と3歳になる次男がきく。口唇ヘルペスである。「病気になっちゃったの」と答える。「どぉして病気になったの?」と愚息。「疲れたからだと思うよ」と僕。「どぉして疲れたの?」。「忙しいからだよ」。

「いたぃの?」とまた聞く。「ううん、そんなでもない」と答える。
「どぉしてそうなっちゃったの?」「うん、疲れたからだと思うよ」
「どぉして疲れたの?」「忙しいからだよ、多分」

しばらく僕の顔をじっと見つめて、「パパ、だいぶ、おわっちゃってるね」と笑顔で次男が言う。

まあね。確かに疲れはたまっている。そんなわけで、昨夜は9時前にぐっすり眠ってしまう。朝まで思いっきり眠ろうと思ったのだが、どういうわけか2時半頃に目が覚めてしまう。いずれまた眠くなるだろうと布団の中で1時間ばかり本を読んでいたのだが、どんどん目が冴えてくる。

わかったよ、起きましょう。ということで、4時頃からブログを書き始める。さらさら。それから、また本を読む。6時を過ぎた頃から、うっすらと空が明るくなってくる。夜明け前におきて机に向かっているのは久しぶり。ちょっと気分がよい。気分が良くなったついでに、30分ほどランニングをすることにする。

空気はすごく冷たく、肌に刺さるようだ。でも、すごく気持ちよい。まだ薄暗い中をゆっくりと走り出す。そして子どもの頃のことを思い出す。

小学生の頃、ブラスバンドに入っていた。一介の公立小学校なのだが、なぜか音楽には力を入れていたようで、弦楽器までそろえ100人以上のオーケストラを編成していた。4年生、5年生、6年生で100人以上だから、クラスの3人に1人くらいは参加していたことになる。練習はいつも早朝だった。ほかの生徒が来る前に、練習をし、片づけをして教室に戻らねばならない。だから、家を出るのはけっこう早かった。

おまけに、僕は小学校の途中で引越しをしていたので、越境通学だった。歩いて25分くらいの距離なので、それほど遠いというわけではない。都電を使うことも出来るのだが、朝の時間は電車が少ないので、歩いてもそれほど時間が変わるわけではない。おまけに、歩けば電車賃をくすねて小遣いにすることも出来る。

2つ違いの弟と、冬の朝、まだ薄暗いうちに家を出る。今朝のように、乾いたつめたい空気が肌に刺さるような朝の、薄暗く、人通りの少ない道を行く。人通りが少ない?あたりまえだ。僕と弟は都電の線路の上を歩いていたのだから。

線路の上をバランスを取りながら歩く。相手を線路から落とそうと、ふざけたことを言い合う。枕木の上だけを飛び跳ねて行く。遠くから都電が来る。運転手ものんきなものだ。遠くから「ファ〜ン」と警笛を鳴らす。僕らは線路脇に体を寄せて都電が通り過ぎるのを待つ。都電はスピードを落として僕らの横を通る。別に怒られもしない。古きよき時代だ。

そういえば、僕が子どもの頃には、冬の朝にはよく氷が張っていたものだ。朝、学校に着くと、みんなで校庭の隅のバケツや水溜りに氷を求めて走った。氷を割って、手にとる。冷たい、冷たいと、きゃっ、きゃ、言いながら、誰が最後まで氷を持っていられるか競争をした。指先が真っ赤になった。氷を口の中に入れて、なめているお調子者もいた。いま考えれば、よく病気にならなかったものだ。

だんだんと、空が明るくなってくる。日が昇るにしたがって、少しずつ暖かくなってくる。記憶の中の氷も溶け出してくる。1日が始まる。だいぶ終わっちゃっているかもしれない。でも、まだまだ新しく始まることもある。太陽が一度死んで、朝には復活するように。まだまだ続く。



22:36:42 | tonbi | |

光陰矢の如し


今年も残すところ数日。あっという間に、大晦日になってしまう。時の経つのは早いものだ。子どものころはこんなことはなかった。1日は長く、1年は一度に見通せない長さだった。今はあっという間である。1日はあっという間だし、気がつけば1年が経っている。

小学校一年の愚息にとっては長い1年であったろう。でもその1年は、僕にとってはあっという間だった。両方が同じ1年であることに軽いめまいを感じると同時に、僕らが時間を共有しながら生活していることに不思議を感じる。

歳をとると時間の経つのが早くなる、という。なるほどそういう実感はある。しかし、時間そのものが加速化しているわけではあるまい。僕の時間は2倍速の再生画像のように早く、子どもの時間は普通の再生速度であるなら、両方の時間はすれ違うばかりで、けっして共有は出来ないからである。

大晦日が近づく。去年の大晦日を思い出す。それがつい先日のことのように感じられる。理屈で考えれば、その間には365日ある。途中、春には桜が咲き、夏には入道雲があり、秋には木々が紅葉する。それだけのことがあったのに、大晦日はつい先日のようだ。だから、1年があっという間に経った。時の経つのは早いものだ。そう言うのである。

ちょっと違うのではないかと思った。確かに、去年の大晦日はつい先日のことのように感じられる。それは実感だ。しかし、その間に365日あり、春夏秋冬と順番に時が過ぎたというのは観念的な刷り込みではないかという気がする。

去年の大晦日がつい先日のことのようだ。そのとき、去年の大晦日よりも今年の夏休みの方が遠くにあるように感じる。少なくとも僕はそう感じる。つまり去年の大晦日、今年の夏休み、そして今年の大晦日、という順番では実感していないのだ。今年の大晦日を目の前にしたとき、かつての大晦日と直接、繋がってしまうのだ。そしてかつての大晦日の中身をよくよく振り返ってみれば、それは去年の大晦日だけではない。何度も繰り返された、さまざまな大晦日が、渾然一体となっているはずだ。

もうすぐお正月だ。また桜が咲いた。今年の夏も海で泳いでいる。銀杏の葉がもう黄色くなっている。繰り返しである。目の前の出来事を見て、それがかつての出来事と繋がる。そして「ああ、また」と感じる。繰り返しに気付く。そのとき、私たちは経つ時の早さを感じる。

そう考えると、歳をとると時が経つのが早く感じられる理由が分かる気がする。それは時間が加速化するからではない。繰り返し、繰り返し、同じ出来事を過ごすことで、その中身が豊かになり、出来事と出来事が引き付けあうようになるからだ。何度も、何度も大晦日を経験する。いろんな大晦日がある。いろんな大晦日がありながら、すべてが大晦日となり、次に来る大晦日を強い力で引き付ける。だから大晦日がつい先日のように感じられるのだ。

1年は365日で、時は春夏秋冬と順番に過ぎていく。それと同時に、繰り返される出来事と出来事の引力によって、春と春が、入道雲と夏の海が、落ち葉と秋の夜空が、大晦日と大晦日が直接繋がる。順番に過ぎる時の中で、出来事が繰り返される。繰り返され、繰り返され、もうこれでいっぱいになったというとき、さよなら、を言うことになるのかもしれない。


05:58:48 | tonbi | |

26 December

俺は、ためされてる


疲れている。疲れている。そう口にしているが、本当はたるんでいるだけで、別に疲れていないんじゃないか、そう思っていた。そうしたら、口唇ヘルペスになった。原因を調べると、「ストレスや疲れ、紫外線など……」とある。ストレスとは数年前に縁を切り、いまのところ復縁するつもりはない。紫外線も候補から外す。そうか、疲れか。やはり僕は疲れていたのだ。ただの怠け者でなかったことをが認められた気がして、少し安心する。

安心しつつ、俺は試されているのだな、と思う。次回のマラソンが1月末にある。目標タイムは4時間を切ることだ。4時間を切りたければ月に200km走れ、四の五の言うのはそれらかにしろ、そんな記事をかつて『ランナーズ』という雑誌で読んだ。そんなわけで、今月はいまのところ165km走り、残りが35km。何とか目標達成できそうだというところで、口唇ヘルペスである。

疲れを抜くために休まねばならない。でもそうすれば目標の200kmには届かない。さあ、どうする、どうする。休んだって誰も文句は言わないぞ。

ああ、俺は試されてるのだな、と思う。物事というのは順調には行かないものだ。特に何かを手に入れようとするときには。それが自分にとって大切なものであればあるほど、何らかの困難がそこに待ち受けている。簡単には思い通りにいかないものである。自分の思いと現実にはつねにズレがあるのだ。

マラソンを走り始めたころだ。天気が良く、気温も少し涼しくて、風もない。そんな中を走っていることをいつも頭の中で想像していた。たいていはそんな思いとは違う現実の中を走ることになる。雨の中、暑い日差しの中、押し戻されそうな逆風の中。いつだって、厳しい現実に向かい合うことになる。

自分の思いと現実のズレ。これは私たちが生きることにおける、基本的な〈形式〉である。思いの内容は人それぞれ違うだろう。しかし、その思いが現実とはズレていること、私たちがそのズレを生きねばらなないことは、誰にでも共通する〈形式〉である。

物事が自分の思い通りにならないと知ることは、現実を知ることであり、大人になることである。一理ある。自分の思いを達成すべく、目標に向かって努力していくことは、立派なことである。これも一理ある。

こう書いていて、自分が二十代半ばに考えていたことを思い出した。「現状をそのまま入れて受け入れてしまうのでもなく、現在を手段とするのでもなく、現実を生きる方法はないのだろうか」。当時、僕は真剣にそんなことを考えていた。

私たちの社会では、人は未来に目標を設定して、それを達成すべく努力することがよしとされている。しかしそれでは、結局のところ、現在は未来の目標のための手段となってしまう。私たちが過ごしている〈今〉は、つねに手段としてのみ肯定されることになる。(将来に繋がらないことは無意味なことであり、そんなことにうつつを抜かしているのは愚か者とされる)。

同じことは、人間関係にも当てはまる。現在が未来の手段として肯定されるなら、そこで営まれている人間関係もそのような構造に収まることになる。つまり、〈自己〉や〈他者〉は目標達成の手段として存在し、肯定されることになる。誰もが道具としてのみ存在を肯定される。そういう世界はあまり魅力的ではない。そんなところで生きていたいとは思わなかった。

では、未来の目標など持たず、現実は自分の思い通りにはならないと、現状をそのまま受け入れてしまえば良いのか。そうでもないだろうと思った。そこには主体的な人格というものが存在しなくなってしまう。どんな困難な状況も変えていける強い意思のようなものは全く存在しない世界となってしまう。たんなる責任放棄でしかないと思った。そんな世界にも生きていたいとは思わなかった。

現状をそのまま受け入れるのでもない。現在を手段として利用するのでもない。どちらにもならないで現実を生きるやり方はないものか。そんなことを二十代の半ばには考えていた。いま振り返ると、なかなか良い問いである。考えれば考えるほど、問題はいろいろなところに繋がっていく。繋がり方によって、答えは何種類も考えられる。そして次には、答え同士の整合性が問われることになる。

とりあえず今回は、楽観的でシンプルな答えを書こう。もちろん、自分なりの答えだ。自分の思いと現実のズレをどうするか。それが問いである。

自分の思い通りにしようと現実を変える。状況をそのまま受け入れ自分の思いを捨てる。どちらも、一方だけを変えることでズレをなくそうとしている。それが根本的な誤りなのだ。理由は簡単である。思いと現実のズレは、私たちが生きる〈形式〉だから、それ自体はなくならないのである。ズレそのものをなくすことは、生ではなく死を目指すことになる。だからズレを感じられなくなった人は、ある日つぶやくことになる、自分は何のために生きているのか、こんなのでは生きている意味はない、と。(いやぁ、びっくりした。いま初めて、そんな言葉になった。指がキーボードを叩いたあとに、頭が「そうそう」と納得していたよ)。

現実は自分の思い通りにはならない。思いと現実はズレる。それが私たちが生きる〈形式〉である。ならば〈形式〉そのものは受け入れつつ、その中で思いと現実のズレを調和させることが大切になる。

ズレをきっかけに、現実と対話をするのだ。現実とズレている自分の思い。それは結局のところ、現実が見えていない自分の勝手な思い込みである。(そういうときに、現実に対して不平不満を言っても大人気ないだけだ)。ズレているときは、現実に合わせるように、自分の思いを移動させるのである。それにより、現実離れした自分の思いが、現実的なものへと近づいていく。現実の力をかりることで意固地で自分勝手な思いを、より現実に対応できる自在な思いへと解き放つのである。

自分の思いを現実に合わせる。それと同時に、自分の思いに合わせて現実を変えていく。意図せずともそうなるのである。自分の思いが現実的になればなるほど、その思いは現実の中の非現実とズレることになるからだ。現実の中の非現実とは、現実とはズレた他者の思いである。

私の思いが現実的になればなるほど、その思いは、現実とはズレた他者の思いとズレることになる。現実的な思いは他者の非現実的な思いとズレる。そんな他者も、私にとってはまぎれもない現実である。すると現実的な思いは、現実的であるがゆえに、他者という現実とズレることになる。他者とともに生きるということは、現実と思いのズレを生きることになる。

人として生きるということは、他者とともに生きるということである。それは思いと現実のズレを生きるということである。それが私たちの生きる〈形式〉である。そして私たちは、いつだって、ズレという情況で試されているのである。



01:52:07 | tonbi | |

24 December

フィラデルフィア美術館展に行く

年末である。のんきな生活をしているようだが、この時期になるとそれなりに忙しい。だんだんと疲れもたまってくる。ふと気がつくと『フィラデルフィア美術館展』のチケットの期限が終わろうとしていた。体を引きずるようにして、上野まで久しぶりに絵を見に行った。

では、絵について何かを書くのかというと、そうではない。白状するが、僕は絵について語る言葉を持っていないからだ。(もちろん、個人的な好みや意見はある)。語るどころか、絵を見ることだってかなり大変なことだと思っている。絵はファミリーレストランのメニューと同じように眺めていればよいというものではない。真剣な話には心を傾けねばならないのと同じように、思いと時間がかかった作品を見るには、それなりの構えが必要である。

高校生の終わりくらいから、人に誘われてときどき美術館に行くようになった。正直、絵の前で戸惑うばかりであった。目の前に絵があり、何かが描かれていることは分かる。上手であることも何となく分かる。きれいな風景画などもある。でも、自分と絵の間に親密なつながりのようなものが全く感じられない。目の前にあるのに、何だかとても遠いのだ。この感じは、一般的に生活している人と美術館の距離感と近いのではないか。上野公園に行く。美術館が目の前にある。でも自分とは関係のない場所である。

日常における美術館の遠さ。絵を前にしたときの遠さ。結局のところ、こういった遠さをなくすには、絵を見る機会を増やすことと、取り合えずの絵の見方のようなものを持つことだろう。だいたい、美術館や博物館などの値段は高すぎる。高校生くらいまでは、ぜんぶ無料にすればよいのだ。大人だって、半額ぐらいにするべきだ。時間を持て余し、お金もない人がいつでも行ける。そんなふうになれば、美術館も近くに感じられ、絵を見る機会も増えるだろう。

ロンドンで美術館に行ったとき、学芸員が子供たちに絵の見方を教えていたのを見たことがある。十五人くらいの小学生を絵の前の床に座らせる。そしてみんなに質問を投げ掛けるのだ。「さあ、この絵には何色が使われている?」「木が曲がっているでしょ。風が吹いているのが分かるでしょ。風はどっちから吹いている?」とかだ。質問に合わせて、子供たちはそれなりに考えて、でも好き勝手なことを言っている。それでも、そこには絵に対する〈遠さ〉のようなものは感じられない。子供たちは、自分と絵を繋ぐやり方のようなものを、とりあえずではあるが、手に入れているようだ。

たまたまチケットをもらったのだろう。初老の女性が二人で絵を見ている。というか、うまく見れていない。絵の方に目を向けながら、人の流れに押されるようにして、次から次へと作品の前を通り過ぎていく。それを見ていて、書店のことを思った。あまり本を読まない人が、ちょっと大きめの書店にいるところだ。見慣れない本がたくさんある。それらがどんな基準で棚に並べられているか分からない。ぐるっと一周してみるが、結局、何がどこにあったか全く見えてこない。本屋に行ったという事実があるだけだ。

あるいは、絵よりも絵の解説の方に時間をかけている人がいる。絵の前に立つ。ちらっと絵を見る。そして解説をじっくり読む。読み終わると、隣の絵の前に移動する。そしてちらっと絵を見て、また解説を読む。それを繰り返している。何かを知っていることは、それについて語れることである。しかし、何かを語れることは、かならずしもそれを知っていることではない。解説をしっかり読めば、絵について説明することは出来るだろう。でもその言葉は、画家が描いた絵からではなく、別の人間が書いた言葉から手に入れたものだ。書店を歩きながら、本の帯についている解説をじっくり読み、その本を理解したと思うようなものではないか。

初老の女性たちも、解説を読む人も、どちらも絵を見れていない。絵と自分の間にどういう親密さを成り立たせればよいのかつかめていないようだ。すべての絵を見終わって、販売所のところに来て、その思いを強くした。図録や絵はがき、ペンやキーホルダーなどを売っているところだ。みんなすごく生き生きとしている。1枚、1枚はがきをじっくりと見比べる目は、絵を見ているときの遠さとは全く違う。ロンドンで見た子供たちと同じような楽しそうな表情をしている。

本物の絵を見ることにはぎこちなさがあるが、その絵が印刷された絵はがきを買うのは自然にできる。お金を出して買うという行為が、人をリラックスさせるのだろう。お金を出して物を買うときの〈見方〉が、現代の日本社会での〈自然なまなざし〉なのかもしれない。あらゆるものが、金銭的な価値で緩やかにネットワークされていく。その中で生きようとする限り、その〈見方〉を身に付けることが必要となる。でもその〈見方〉は、絵を目の前にしたとき、居心地の悪い思いをすることになる。高価すぎて買えないからではない。金銭的な価値を超えているからだ。

最後に、個人的な感想を少し。今回、一番良かったのは、ルノワールの「ルグラン嬢の肖像」。思いがつまっていて、手間がかかっている。作品に厚みがある。本などで何度も目にしていたが、実物がこれほど良いものだとは思わなかった。見ていてうれしくなってくる。

ドランの色使いはやはり心地よい。ゴッホの黄色。すばらしい。この黄色(あと青)についてはきちんと語れるようになりたいものだ。さらにカンディンスキーである。カンディンスキーは僕の好きな画家だ。美術館ではよくクレーの作品と並べられている。今回もそうだ。クレーの方がすごい絵を描いているとは思うのだが、迷いが感じられる分カンディンスキーの方に親近感をもってしまう。シュールレアリズムはどうも苦手だ。無意識というより、意識むき出しの感じがしてしまう。それでもミロの作品はよかった。

美術館を出たら元気になっていた。疲れが抜けたのだ。どうやらうまく絵を見れたようだ。




16:54:14 | tonbi | |

19 December

子どもの時にあわせる

週末、子どもに合わせて、時間を過ごした。

まずは、長男と一緒に近所を1.2kmほどランニングする。愚息は小学校1年生である。彼の小学校では冬に学校の周りを走りタイムをとる。1年生は700メートルである。僕自身、長距離は苦手だったので、たいした成績が出るとは思っていなかった。きっと真ん中よりちょっと遅いくらいではないかと想像していた。

結果は、ビリから二番目である。あれれ、という感じである。目撃情報によれば、友達と二人で話しながら最後尾を歩いていたそうである。おそらく、最後の最後で友達とデッドヒートを繰り広げ、勝利したのであろう。あるいは彼が、雲の流れに気を取られて、脚が止まってしまったというのなら、それはそれでよい。しかし、友達と話しながら歩いていたというのは、ちと問題である。

子供であれ、大人であれ、その人に「何」が出来るかはそれほど問題ではない。誰でも、すでに出来ることがあり、まだ出来ないことがある。出来ることに寄り掛かって出来ない人の高みに立つのか。あるいは、来ることを土台にして出来ないことにチャレンジしているか。大きな違いである。僕は出来ないことにチャレンジし、その次へ向かっている人が好きだし、自分もそうありたいと思う。この世の中のすべての人間がそうなればよいと思っている。

で、愚息は最後尾を友達と話しながら歩いていたそうだ。何をがんばっていたのかな、君は。「この、根性なしめ!」と一喝したい気持ちもあったが、走ることが嫌いになるとまずいなと思い、とりあえずいっしょに走ることにした。

走ってみて、気付かされた。子供にとって長距離走というのは案外、やりにくいものなのかなと。追いかけっこのようなことをして、瞬間的に全速力で走ることは彼にもできる。そこそこの速さでみんなと走っている。ところが、長距離のランニングとなると走り方がひどい。脚がきちんと前に出ていないし、手の振もおかしい。走っているというより、手足をバタバタしているという感じだ。リズムに乗って、脚を交互に前に運び、それに合わせて手を振るという感覚がまったくつかめていないようだ。だから、少し疲れると、自然と歩いてしまう。もともとちゃんと走れていないので、ゆっくり走るということが出来ないのだ。

これじゃあ無理はない。とにかくゆっくりでいいから歩かないように、そう言葉をかけながら伴奏する。八百メートルくらい行ったところで、だんだんと走り方にリズムが生まれ、脚の運びと手の振のバランスがよくなってくる。本人も自分の体をコントロールできている実感があるようだ。スピードの調節もできている。最後の50メートルくらいはスパートもかけられた。

よくやったね、そう言う。本人も楽しそうだ。一緒に走ってみてよかったと思う。話を聞いただけで判断し、口で何かを言うのは簡単である。でもそれではきっと、何かを取り逃がしていただろう。彼のペースに合わせて、一緒に走ることで多くの発見があった。何よりも、褒めることが出来た。また来週も走ろう。そう言うと、いやな顔せずに「うん」と答えた。

その流れで、次男を自転車に乗せる。長男のランニングコースを自転車で散歩である。次男は先日、3歳の誕生日を迎え、プレゼントに自転車を手に入れた。兄が自転車に乗っているを見ていたからか、自転車にはとても乗りたがっていた。プレゼントの自転車を見せたらさぞかし喜ぶだろうと思っていた。ところが。

にこりともしない。自転車を見ると、にこりともせずに飛び乗って、すぐに走っていってしまった。あまりにも腹を空かせた人が食べ物を見たときに、喜ぶ暇もなくがっついて食べ始めるのと同じだ。それにしても、3歳児がこれほど早く自転車を走らせいてるのを僕は見たことがなかった。走っていかないと追いつけないのである。坂道も平気で上っていく。しばらくすると、もう立ち漕ぎをしている。ペダルの上に乗せた右足と左足の微妙な重心の変化を楽しんでいる。満足げな表情からよくわかる。侮れない男である。

そんな次男と自転車で近所を一周するのだ。きっとすごい速さで走り終え、「も、いっかい」と言われるのだろうと思っていたら、案外、いろんなところに引っかかる。車道と歩道の段差にわざとはまってみたり、ガードレールにわざとぶつかったりする。そうかと思うと、突然、全力で走り出したりもする。

ちょうど長男のランニングが良くなってきたあたりにさしかかった。次男は自転車のブレーキをかけ、通りの反対側をじっとみる。「ショベルカー」。一言、つぶやく。そうだね、ショベルカーだね、と言い、ちらっとそちらを見て、自転車を先に進めようとする。

「まだ、ショベルカー、みてるの」。ショベルカーから視線をそらさずに言う。道の向こう側を僕もゆっくりと見る。建物を壊して整地しているところだろう。敷地にはダンプカーとショベルカーが入り、わずかに残ったコンクリートの塊をショベルカーがダンプカーに積み込んでいる。あたりは日曜日で、空気も騒がしくなく、どことなくのんびりしている。太陽は暖かく、小春日和という言葉がふさわしい。ショベルカーの動きさえ優雅に見えてくる。

次男は満足そうにショベルカーの動きを見ている。僕はショベルカーとそれを見ている子どもを見ている。そして彼の心がショベルカーでいっぱいに満ちていくのを実感する。どうじに、僕の心も満ちていく。「もういい」そう言って、満ち足りた心で、彼は再び自転車を走らせる。僕も満ち足りた心で彼についていく。

長男とランニングをする。次男の自転車の散歩に付き合う。子どもの時間にこちらがあわせる。自分の時間からはこぼれ落ちてしまうものを、拾い上げることが出来る。自分の時間と子どもの時間が重なることで、世界が三寸ばかり厚くなる。よい週末であった。
11:02:53 | tonbi | |