Archive for January 2008

28 January

館山若潮マラソン

日曜日に、館山若潮マラソンを走った。房総半島の突端の部分を内房から外房に海岸沿いに走り、折り返して内陸部を走りまた内房の海岸沿いをゴールまで走るコースだ。北風がときおり強く吹きはしたものの、天気は良く日差しも暖かかった。午前10時にスタートで午後3時までの5時間リミットのレースである。

早いものである。11月の半ばに村上春樹の『走ることについて語るときに僕の語ること』を読み終えて、すぐにこの大会にエントリーした。読み終わったのは確か夜中だった。自分がいかに惰性で走るようになっていたのか、また、日々の生活がいかにたるんでいたのかを思い知らされた。5分反省して、すぐにネットで大会にエントリーした。

いくつか目標を立てた。まずはレースでのタイムである。4時間を切ること。これが目標である。一般的な市民ランナーにとってはそれほどハードルの高いものではない。きちんと計画的に練習すればまずクリアできるタイムだ。走ることに向いていれば、一ヶ月前くらいから準備しても達成できる人もいるだろう。ただ、僕にとってはそうではない。走ることについては全く才能がない。さらに日常生活でランニングに割り振れる時間も限られている。かなりうまくやらなければクリアできるものではない。

4時間を切るために、いくつかノルマを課した。1つは、月に200km以上走ることだ。かつて雑誌『ランナーズ』で、いろいろ言う前にとにかく月に200km走ること、考えるのはそれから、という記事を読んだことがあるからだ。11月は後半だけで100km以上、12月も何とか200km以上走った。時間を見つけて上手く走れたと思う。特に12月は北風が冷たく本当に厳しかった。一度などは、走るのが本当にいやで「もう、いやだ」と声をあげながら走った。誰もいないと思っていたら、建物の陰におじさんがいて、怪訝そうな顔で見られた。

2つ目は、1月に入ってからの練習で、土日で45km走る練習を2回行うことだ。1度目は25kmと20km、2度目は30kmと15km。でも、1度目の練習で左足の裏を傷めてしまう。人さし指の付け根の辺りの骨の部分を痛めてしまい、歩くときにも痛みが感じられるようになってしまう。これにより2度目の練習は中止。それ以降は大会まで軽いジョギング程度しか出来なくなった。

3つ目は減量。体重を3kg落とそうと思った。マラソンでは1kg落とすと3分タイムが縮まるらしい。これも結果的には達成できなかった。足のケガが1つの理由で、もう一つは、冬場の風邪が蔓延する中の減量がかえって危険に感じられたからだ。

微妙な条件でレースにのぞむことになった。そしてこの微妙さが微妙な結果に繋がったのだ。

午前10時。館山駅より少し東京よりの市民運動場をスタートする。内房の海岸沿いを走り、海上自衛隊の基地を過ぎると5km地点になる。他のランナーたちが知り合いを見つけては笑顔で挨拶をしたりしている。時計を見ると29分、人ごみに合わせて走ったとはいえ少しペースが悪い。海岸を少し入った道を海を右手に見下ろしながら10km地点まで行く。タイムは57分。少し取り戻す。

このコースの海岸沿いの部分は車で何度も走ったことがある。その時はほとんど平坦だと思っていたのだが、じっさい走ってみると、アップダウンがけっこうある。前半はまだしも後半になるとかなり応えそうだ。そんなことを考えながら、内房と外房の境目の洲崎灯台の横を過ぎる。12km過ぎくらいだろうか。どの大会でもそうだが、このくらいの距離になると、ランナーのそれぞれが自分の世界に入り始める。知り合いを見つけて挨拶していた人、一緒に走っている人と話している人、そういう人が減ってくる。ざわついた雰囲気が無くなり、「しん」とした感じになる。足音だけが耳に入ってくる。そういうとき、僕はいつも、ああマラソンだなと思う。

外房に出てフラワーラインに入ると、コースで最も景気の良い場所となる。右手に太平洋が広がる。平坦な道がしばらく続き走りやすい。うまく風も止んでいる。途中、20km地点を過ぎる。1時間50分。ここで予定通りのタイムになる。さらに、折り返しを1時間56分で過ぎる。残り半分、2時間4分で走れば、4時間を切れる。計算通りだ。

22km過ぎで海岸を離れ内陸に入る。ここからが難所である。何度かアップダウンを繰り返して、30km地点では30mくらいの登りがある。少しずつ、走りが悪くなってくる。上半身には力が入り、脚も疲れが出てくる。向かい風も多少出てくる。2km刻みの距離表示を見ながら30km地点まで行く。2時間49分、残り1時間11分。1km6分で走れば1分足りないだけだ。これまでのような平坦なコースであれば可能なタイムである。

この辺りから記憶が断片的になってくる。山あいの道を抜け、もう一度海岸線に出る。そして海岸線の緩い登りが5kmほど続く。35km、残り7キロちょっとだ。でも気付くと、タイムは3時間20分。少しペースが落ちている。このままのペースでは2分ほどオーバーしてしまう。歯を食いしばって一歩、一歩、脚を前に出す。気持ちは折れていない。全体的なスタミナもある。ただ、脚が限界に近づいている。スピードを上げようとすると、肉離れの兆候が出てくる。ここで肉離れをしたら確実に4時間をオーバーする。はやる気持ちを押さえて、軽く痙攣する脚をコントロールしながら走り続ける。

残り5kmになる。もう登りはない。時計は3時間32分だ。残り28分で5kmを走れば4時間を切れる。不可能ではない。勝負だ。スピードを上げる。とたんに脚が痙攣を始める。だましながら走る。何とかタイムも伸びてくる。残り4キロの表示を抜ける。

ダメだ。左脚の太ももの裏が軽い肉離れを起こす。瞬間、路肩にしゃがみ込む。後ろから走ってきたランナーが「大丈夫ですか?」と声をかけてくれる。彼の走りもぼろぼろである。「ありがとう。大丈夫です」、そう返事をする。軽くマッサージをし、最短時間で走り始める。4時間は無理だ。でも心は折れていない。全然、折れていない。

走る。左脚を引きずるようにして走る。当然のように、今度は右脚をやられる。ふくらはぎである。ふくらはぎの筋肉が縦に一直線に割れるように軽く痛む。大丈夫、それほど大したことはない。そう言い聞かせ、今度は立ち止まりもせずにそのまま走る。同じように走っているつもりが、後から来る人にどんどん抜かれていく。痙攣が続いていているので思ったほど進めていないのだ。

おそらく、歩くのよりちょっと速いくらいでしかないのだろう。でも、絶対に歩かない。マラソンは走るための競技であって、歩くための競技ではない。村上春樹の言葉を思い出す。そうだ、僕だって歩くために練習してきたのではない。少しでも速く走るのだ。

痙攣が収まる。少し走れるようになる。残り1km半くらいだろうか。もうタイムは3時間57分くらいである。4時間は無理だ。それでも、自分の脚を殴りながら走る。もう少しだから、もう少しだから、頑張ってくれ。動け、動け、そう言いながら何度も何度も自分の脚を殴る。残り500mくらいで応援に来ている息子を見つける。名前を呼ぶ、目頭が熱くなる。そしてさらにスピードを上げる。何度も何度も脚を叩きながらゴールを目指す。

運動場に入るとゴールまで100メートルほどの直線が続く。両側からみんなが声援を送ってくれる。ドリカムの歌が大音量で流れている。全力でゴールを駆け抜ける。よくやった、と思う。そして、すぐに振り返り帽子をとる。感謝を込めてコースに一礼する。


22:06:21 | tonbi | |

25 January

表紙はペルソナ

ブログが滞っている。いくつか理由がある。

1、『海辺のカフカ』を読み直していた。(ちょっとした時間があるとすぐに『カフカ』を手に取ってしまう。危うく、次は『スプートニクの恋人』を読み出すところだった。)
2、前回のブログの続きがうまく書けなかった。(頭の中ではできているが、実際、書いてみるとつまらないものになってしまう。内容の問題ではなく、書く人間の技量の問題である。もう少しゆっくり時間をとって書き直すことにする。)
3、このところ走っていない。(週末、フルマラソンなので、今週は体を休めている。材料を用意して走ることが、僕にとってはブログを効率良く書く方法であるがそれが出来ない。)
4、アマゾンから本が間違って届いた。

そう、アマゾンから間違って本が届いたのである。アマゾンのポイントがたまったので、本でも買おうと思い、加藤典洋の『村上春樹 イエローページ1』を頼んだ。この本はもともと1996年に荒地出版社から出版されたものだが、今ではこれが幻冬舎文庫で2分冊になって出版されている。30人ほどの人間が、大学の学部ゼミや読書会などで村上春樹の8つの作品を読み解いたものを、加藤氏がまとめ上げたものである。

ちょうど『海辺のカフカ』を読み終える頃、手元に『イエローページ1』が届く。他にやらねばならないことがある、決して読んではダメだ、そう自分に言い聞かせる。それでも仕事の合間などに手に取ってみたりする。でも、決して開かない。本の裏には、「『風の歌を聴け』から『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』まで四つの長編を完全読解。……』などと書いてある。楽しみである。初期の作品は、高校時代から大学時代にかけて暇に任せて何度も何度も読んだ。単なる小説というよりも、自分の過去の一部分のようなものである。自分の中でいろいろ繋がって、わくわくしてくる。

何度か手に取っては、内容を想像し、再び本を戻す。そんなことをしていた。ところが、ある夜、ちょっとした拍子にふと中身を覗いてしまった。「機をおっている間は、開けないでください」と言われたふすまをそっと開けるように。昔話のように、想像も出来なかったものを目にする。

「僕は直子をいわば心の中で捨て、緑を選ぶ。……」

『ノルウェーの森』について書いてあるではないか。はて?おかしいぞ、『風の歌を聴け』を読解するために『ノルウェーの森』を引いているのかな。ページをぱらぱらめくる。扱われている作品は『ダンス・ダンス・ダンス』『国境の南・太陽の西』『ねじまき鳥クロニクル』となっているではないか。

落ち着け、自分に言い聞かせて、本を閉じて表紙を見直す。確かに『イエローページ1』である。中を見る。どう考えても『イエローページ2』だ。表紙をはがしてみる。するとそこには『村上春樹 イエローページ2』とあるではないか。いやあ、驚いた。表紙と中身が別々である。昔、タワーレコードでCDを買って、家に帰って開けてみたら空っぽだったことがあるが、その時以来の驚きである。

こうなると『イエローページ1』がかえって気になってしまう。近くの本屋はまだやっているだろうか。もう閉まっている。アマゾンにクレームを言うべきか。面倒である。それよりもとにかく『1』を手に入れたい。早速アマゾンに頼むか。だめだ、『1』を頼めば良いのか『2』を頼めば良いのかわからない。一番よいのは、『2』を頼んだら、『2』の表紙がついた中身が『1』の本が届くことだが、まず無理だろう。

結局、次の日の昼に本屋に行き『イエローページ1』を購入した(もちろん、表紙と中身が同じであることを確認した)。そして、時間を見つけては読みふけってしまったのである。

思ってもいないことがいろいろ書いてある。たとえば、主人公の親友の鼠は『風の歌を聴け』の最初から死んでいた。あるいは、『ノルウェーの森』での主人公ワタナベと直子の関係と、ワタナベと緑の関係は小説では同時期に起こっているが(いわゆる三角関係)、原物語では直子との関係が終わった後に、緑との関係が始まったはずである。などなど。何より、小説ごとにカレンダーのようなものを用意して、出来事を並べながら整理している点は、村上春樹の作品の読みの正しさを問題にする以前に楽しめる。このカレンダーは作品における時間的な矛盾をあぶり出す。そして、その矛盾を吸収するものが、村上春樹の作品に頻出する「異界」なのである。(実際、鼠が最初から死んでいるという説もここから導かれている。)

村上春樹が同じようなカレンダーを作った上で小説を書いているとは思わない。頭はフルに使っているが、頭で書いている文章という感じを受けないからだ。もっと身体的な部分を活用して書いているはずである。言い方を換えれば、意識の支配や統御よりも、それを超えた自律した何者かの声をキャッチしながらそれを言葉に置き換えている。その自律した何者かは、いわゆる現実の世界よりも異界に属するものであるから、作品そのものが「異界」を抱え込むことになる。

実際、村上春樹の作品のほとんどは、2つの世界が交互に展開しながら最終的に両者が1つに出合う形をとっている。僕の世界と鼠の世界、ハードボイルドワンダーランドと世界の終わり、緑の世界と直子の世界、ユミヨシさんの世界と五反田君の世界などである。基本的には前者が現実の世界であり、後者が異界である。そして異界は、死の世界、失われたものの世界である。(この図式は、後の作品では複雑になり、簡単に線を引けなくなる。『海辺のカフカ』においては、田村カフカの世界が現実の世界から異界へ、中田さんの世界が異界から現実へと動きながら、両者が出合う形となる。)

初期の作品では、現実世界と異界を繋げることで、人は現実世界をどのように生きるのかについてが描かれていた。それは、自分で決めたルールを守り誰にも迷惑をかけずに生きる、というものであった。近ごろの作品では、現実世界と異界は最初から繋がっている。繋がっているこの世界で人はどのように生きるのかについてを描いている。異界と繋がっている現実世界でどのように生きるか。1つの答えとして、『海辺のカフカ』におけるナカタさんとホシノ青年の関係を村上春樹は提示しているのではないか、僕はそう思っている。簡単に言ってしまえば、自分以外のものを自分の基準にする、ということである。長くなるので、改めて書きたい。
16:29:37 | tonbi | |

21 January

分けると同時に繋げる

ぱらばらと本をめくっていたら、似たような2つの文章に目が止まった。 個人的に考えてきたことと重なる部分が多いので、良い機会なので、言葉にしてみる。

「人間の心には、人間の意識の支配をこえた自律性を潜在させており、……(心理療法は)人間の心の奥にある自律的な力に頼り、生き方の新しい方向性を見出そうとするのである。」『心理療法序説』(河合隼雄、岩波書店)

「とにかく身体が〈統御されるもの〉でなく、自律したシステムであり、途方もない力と可能性に満たされていることを知る……」『私の身体は頭がいい』(内田樹著、文春文庫)

共通しているのは、心であれ身体であれ意識の支配や統御を超えているということ、そしてそこには自律したシステムが存在しているということである。河合氏の説では、意識の支配を超えているものは、無意識であり、その無意識は個人的無意識と集合的無意識にわけられる。そして集合的無意識の重要性が元型という言葉とからめて説明される。内田氏は、身体が脳(意識)の指令を受けずに状況に適した動きをすることが、武道的には理想的な身体運用であることを自身の合気道の体験と絡めながら語る。

意識の支配や統御を超えた自律したシステムというのは、厄介なテーマである。非常に言葉にしにくいのだ。宗教的、神秘主義的な言葉遣いになりやすい。人間を不可避な運命論に捕らわれた存在に陥れかねない。支離滅裂な言葉に受け止められすい、など。そのあたりに落ち込まないように書いてみる。まずは、意識について。

さて、意識とは何か。僕なりにシンプルに定義する。「意識とは、言葉によって分けると同時に繋げることである」。分けることが意識の機能であるとは、よく言われることである。「分ける」とは「わかる」ことである。私たちは「分ける」ことによって、日々さまざまなことを「わかる」。そして「わかったこと」を他人と共有するために、私たちは言葉を用いる。だから多くの場合、「分ける」という行為自体が言葉で行われる。「分ける」とは言葉でものごとを切り分けることである。「わかる」とは世界を言葉で分けることである。

しかし、私たちは気まぐれに、盲滅法に「分けて」いるのではない。つねにある基準をもって、ものごとや世界を分けているのだ。例えば、ミカンとリンゴとボールとサンダルがあったとする。これを2つのグループに分けるとき、ミカンとリンゴとボールが1つのグループで、サンダルがもう1つのグループとすることができる。もう1つの分け方として、ミカンとリンゴが1つのグループで、ボールとサンダルがもう1つのグループとすることもできる。

前者は丸いものとそうでないものを分ける基準にし、後者は食べ物とそうでないものを分ける基準にしている。丸いものとそうでないもので分けることで、リンゴとミカンとボールは丸いもので、サンダルは丸くないものと「わかる」ことができる。ここでは、丸いものと丸くないものを明確に分けている。つまり、意識とは「分ける」ものである。

しかし、丸いものとそれ以外を分けるとき、それと同時に、リンゴとミカンとボールを丸いものとして1つのグループとしてまとめている。つまり、リンゴとミカンとボールは1つのグループとして繋げているのだ。しかしまあ、これは誰もがすぐに気付くことである。

「分けると同時に繋げる」ことで重要なのは、まさにそこに何らかの基準が存在していることだ。つまり、ものごとを分けるためには、分けられるものごとを1つの基準に乗せねばならないのである。基準に乗せることによって、まったく無関係なものごとたちは関係づけられることになる。リンゴとミカンとボールとサンダルを「分けよう」とすることによって、それらを1つの基準に乗せることになる。すると、本来、無関係であったリンゴとミカンとボールとサンダルが、丸いものと丸くないものという関係で繋がれることになるのだ。

分けることは同時に繋げることである。何かを分けた瞬間に、私たちは、分けたものたちを1つの基準で繋げているのである。言い方を換えれば、私たちは分けることによって、その両者の関係を無化するのではなく、ほんらい無関係な両者を関係づけてしまうのである。これは人によってはかなり厄介な事実となる。

自分とは関係ないこと、自分とは別のこと、世の中の出来事や人間関係にそう言い、自分と出来事を切り「分けた」瞬間に、私たちは自分が切り離したい出来事や人間関係と関係づけられてしまうことになるからだ。(いや、自分で関係づけてしまうのである。)過去のいやな出来事を忘れようとすればするほど、頭から離れなくなる。高度資本主義の構造的な理由から起こる貧困をが遠因となり、私たちの周りでテロが起こる。過去の出来事はもう終わったことだし、遠い国の貧困は自分の生活とは関係ないものである。少なくとも日常感覚では。でも、現実的にも論理的にも繋がっている。(繋がっていなければ、影響はけっして及ばないはずだ。過去のことに心も痛まないし、テロも起こらない。)

あるいは、自分とは関係ない、自分とは繋がっていないと感じるのは、きちんと分けていないからかもしれない。「分ける」行為が中途半端だったり、一貫性がなかったりするから、「繋がり」が実感できないのかもしれない。「繋がり」が実感できないから、自分とは関係ないと思い、関係ないと言う。しかし、関係ないと思い、関係ないと言ったことによって「繋がって」しまう。だから、関係ない、関係ないと言えば言うほど、繋がりは強くなる。

意識が言葉によって分けるだけの機能であるならば、私たちは思い通りにものごとを関係させることができる。世界を意のままに操作することは原理的に可能になる。意のままに操作できるのが世界ということになる。

意識が言葉によって分けると同時に繋げる機能であるならば、私たちはあらゆるものごとと関係を持たざるをえない。私たちとものごとの関係は思い通りにはならないことになる。私たちの思い通りにはならないのが世界ということになる。

世界は意のままに操作できるものか。あるいは、世界は思い通りにならないものか。どちらで世界を捉えているかによって、組み立てられる考え、そして行動はかなり異なったものとなる。そして、意識の支配や統御を超えた自律したシステムということは、ここにダイレクトに関わる問題である。

といったところで、時間切れである。次回に続きます。
00:20:09 | tonbi | |

17 January

中火で調理された文章

母親の作るチャーハンが嫌いだった。フライパンに火が入ると危ないといって、中火でチャーハンをゆっくりと炒めるのだ。おまけにタマネギが入っている。(火力の弱い家庭のコンロでチャーハンを作るならタマネギはダメだ。タマネギより長ねぎを入れるほうが良い。)フライパンの中でご飯がどんどんべちゃべちゃになってくる。チャーハンだけではない。作られた記憶かもしれないが、炒め物はいつも中火だった。また、彼女は煮物も中火で料理していた。たぶん、煮物を短時間で作りたかったのだろう。

炒め物も中火、煮物も中火。炒め物は煮物のように、煮物は炒め物のように。あらゆるものが同じような料理になっていく。もちろん、ある人が作った料理にその人なりの特徴があるのはよいことだ。しかし、それはすべてが同じような料理になることではない。炒め物は炒め物、煮物は煮物。でも、両方の料理には何らかの共通点があるというのがよい。

文章も同じだ、ふと、そう思った。1人の人間が書いたものに何らかの共通点があるのは当然だ。でもそれは、すべてが同じような文章になることではない。強火で一気に書かねばならないものもあれば、弱火でことこと書かねばならないものもある。

やっと本題である。お仕事の話を書く。お仕事の話を書くことは、走ることについて書くことや、今ここにないものを書くことと、どうも書き方が違うような気がする。お仕事の話を書こうとすると、どうも違和感がついて回る。なんというのか、ハゥ・トゥー本に書いてあるようなことを書きそうになる。違う形に押さえ込もうとするのだが、どうしてもうまくいかない。で、自分はすべてを中火で料理するように書いているのではないかと思いついたのである。お仕事の話は、炒め物か、煮物か、はたまたジャンクフードか。どんなものになるのか、分からぬままに書き進めていく。

「考える力が足りない」という愚痴めいた話をよく聞く。すぐに次のような問いとなって僕の方にやって来る。「考える力をつける何かよい方法はないものですか?」と。僕のような仕事をしていると、その瞬間まで考えたこともないようなことに、その場で答えなければならないときがある。好き勝手に持ってこられた素材で、とりあえず何か料理を作るようなものだ。

方法ですか。いろいろあるかもしれませんが、とりあえず「考える力」の「考える」ってどういうことですか、そう問い返す。案外、きちんとした答えは返ってこない。もちろん、本人はわかっているつもりだ。わかっているのに、うまく説明できないのだ。(ビジネスでの教訓、「わかっていることと、説明できることは別である。自分の仕事は必ず説明できるようにしておくこと。それも、手短に、声高に」)

わかっているのに説明できないのは、大抵はあたりまえのことだ。あたりまえで、今さら疑おうとしないもの。「考える」「愛する」「信じる」「わかる」「生きる」などなど。だれしも、考え、愛し、信じ、分かり、生きている。それらのことをあたりまえに行っている。だからわかっているつもりでいるし、今さら考えようとはしない。

「考える」。師の1人は、かつてこう言った、「考えるというのは問いを立てることだ。1つの事柄に問いを立てる。答えが出たら、今度は違う角度から問いを立てる。それをできる限り繰り返すことだ」と。なるほどと思い、律義に実践してきた。なかなか時間のかかる作業である。おかげで世間では周回遅れとなっているが、一見すると先頭ランナーみたいな感じにもなっている。(うまいことに、この世界にはすべてのランナーを一元的に管理している人がいないみたいだ。何とかなる。)

では、僕自身は「考える」ことをどのように説明するか。シンプルである。「言葉を整理すること」と「言葉を見つけること」。この2つを状況に合わせてきちんとつかうことである。

「言葉を整理する」というのは、自分が考えようとしているテーマ(案件)に関係する言葉をすべて顕在化させて、それらをルールに従って並べることである。このとき大切なのは、状況を抽象化しない言葉をなるべく多く使うことだ。(ハゥトゥー本のようになってきたぞ。)一例を挙げよう。ある案件があったら、それに関わる人間の名前をすべて書き出す。そして、それぞれの人の特徴、欠点、現在抱えている仕事量、会社での地位など、できる限りの言葉を書き出す。その上で言葉同士を繋いだり、欠けている言葉を探したりする。言葉を整理していくと、現実が整理されていく。

「言葉を見つける」というのは、問題となっている事柄を一言で表せる言葉を見つけ出すことだ。このとき大切なのは、いい加減な言葉や間違った言葉をつけないことである。適当につけておいて、ダメなら後で変えればよいというのはまずい。子どもに名前を与えるように、慎重に心を込めて言葉を見つけることが大切だ。もやもやした出来事に言葉をつけることは、出来事の動きをとめることである。ある事柄にある言葉をつけることで、その出来事はそれ以外のものになる可能性を失う。しかし、事柄は与えられた言葉として特化した動きをすることになる。喩え。自分の仕事を教師と決めることによって、ベンチャー企業の経営者としての可能性は失うかもしれない。しかし、何ものでもないというふわふわした状態を抜け出し、自らを教師として特化できるのである。

考える力をつけさせたいというなら、「言葉を整理すること」と「言葉を見つけること」を学ばせればよい。どのように学ばせるかといえば、学ばせたい側が「言葉を整理し」「言葉を見つけ」て、相手に言葉を与えればよいのである。

書いていることが、どんどん中火の料理みたいになっていく気がしてきた。そろそろ終わります。
00:00:16 | tonbi | |

14 January

幸せな空気読み

昨日、今日と新聞を読んでいたら、同じような話題が3方向から入ってきたので、ちょっと考えてみることにした。この世界である程度の時間を生きてくると、世の中を渡っていくためのやり方を自分なりに手に入れるものである。僕が経験的に身に付けたものの1つに、「同じような話が3つの方向から来たら、それは立ち止まって考えるに値することである」というものがある。

例えば、それぞれ関係のない3人の人がある本を面白いと言っているのを聞いたときなどは、まず手に取ってみることにしている。無駄になる確率はかなり低い。2人が言っている場合では多くて、追いかけきれないし、外れが多い。4人では後追いになる。3人がちょうどよい。どういうわけか、個人的には3人なのである。

で、新聞である。ちなみにわが家で読んでいるのは毎日新聞である。

まずは、「ニッポンでの子育て」というコーナーから。日本人男性と結婚して日本で子育てをしている女性の意見の紹介である。1人はフィリピン人で「日本では子どもに人生の目的とか、人間の価値とかをあまり教えていない」という。もう1人はブルガリア人で「日本では、子どもの学校のことや職業のことは問題にするけれど、「幸せ」とは何かを話題にすることがない」という。

次は、「〈現在〉を読む」というコーナーで、文化人類学者の上田紀行氏が書いている文章の冒頭。引用する。「希望なき国、日本」という実感が定着しつつある。イギリスの学者による世界の幸福度ランキングでも、日本は178カ国中90位。ブータンやフィリピンといった、経済的にはるかに貧しい国が、日本よりも上位に名を連ねる。とある。

最後は、「時代の風」というコーナーで、精神科医の斉藤環氏が書いている「KYの仕組み」という文章である。こんなことが書いてある。ちょっと長いがまとめてみる。

・「空気」に支配された結果の歴史的な失敗事例としては、太平洋戦争末期の戦艦大和の特攻攻撃がある。あらゆるデータが特攻攻撃の無謀さを示唆していたし、決定に関わった多くの人間が戦争を熟知したエリートであったにも関わらず、出撃決定の根拠は「全体の空気」というあいまいなものであった。
・私たちの判断は常に「論理的判断」と「空気的判断」のダブルスタンダードであり、しばしば決定は空気が許さない、という事によって行われる。そして空気に逆らえば「抗空気罪」で「村八分」の刑に処される。
・空気は人を健忘症にするので、人は自分がなぜその時、その空気に支配されたか、後になって説明できない。つまり、「空気」とは無根拠さの別名でもある。
・そういった空気に感染しないためには、空気ではなく判断の背景にある文脈を理解することだ。文脈を読むためには、あえて「王様は裸だ」と叫ぶ子どもを演ずるような一種の未熟さが必要かもしれない。

「ニッポンでの子育て」で問題になっているのは、日本人が「幸せ」を話題としないことである。人生の目的や人間の価値も、それを問題とすればおのずと「幸せ」が話題となるという意味では、同一線上の問題である。確かに、子どもについて話をするとき、「ねえねえ、お宅ではお子さんを、どうやって幸せにするつもりですの?」とか、「うちの息子はいまクラスで一番幸せですのよ」などという言葉はついぞ聞いたことがない。

幸せを話題にしなければ、幸福度ランキングで順位が低くなるのは当然かもしれない。ある問題に対処するのであれば、まずそのことを話題にしなければどうしようもない。先般、日本の高校生の学力が落ちたと言って騒いでいた。これに呼応するようにいろいろなところで学力の問題が言われている。実際にいろいろ動きも出てくるだろう。同じように、幸福度のランキングを上げようとするなら、みんなで「幸せ」をもっと話題にすべきなのだろう。

いや、ちょっと言い方を間違えているな。正確には「幸せでありたいのなら、幸せをもっと話題にすべきなのだ」と言わねばならない。「幸せ」とは他との比較によってランキングできるようなものではないからだ。自分が「幸せ」だと実感している人間は、ランキングで下位になっても別に気にしないだろう。また、どれほどランキングが上位でも、幸せを実感できていない人は幸せではない。自分の幸せは、他人のものさしで計ることなどできないのである。

誰もが幸せでありたいと思っているはだず。にもかかわらず、「幸せ」を話題にはしない。何をしているのか。必死で空気を読んでいるのだ。誰が作り上げているのかも分からない、どんな根拠があるのかも分からない、でもその場を方向づける自分以外のものさしである「空気」、そんな空気を読むことに一生懸命になっているのだ。

空気を読んでいたら「幸せ」になれるのだろうか。漠然とそんな問いが浮かぶ。私たちは、あることのために何かをしていて、いつのまにか何のためにそれをしているのか忘れてしまう生き物である。何のためにそれをしているのか忘れた揚げ句、今度はやっていることがいつのまにか目的となってしまう。そして、ふと気がつくと、自分がかなり遠いところに来てしまったと黄昏るのである。

幸せであるためには、自分の周りの人たちと仲よくできるに越したことはない。そのためには、周りがどのような状態にあるのか気を配ることが必要である。空気を読むことは幸せと直結するのである。ところが、いつの間にか、目立たないこと、周りから浮かないことが目的化していく。そのために自分を殺してでもその場の雰囲気に従おうとする。幸せからはだいぶ遠ざかっている、しんどいことだと思う。

王様は裸だ、人生で大切なのは「幸せ」だ。そう言えるのは、未熟さのなせる技である。未熟な者もいずれ熟す。熟した時に「幸せ」を実感するのか。あるいは「幸せ」という言葉を忘れ、話題にできなくなるのか。おのおの方の、熟したときのお楽しみである。


23:52:26 | tonbi | |