Archive for May 2008

30 May

次なる目標


昨日は、合気道の稽古にいった。2時間ほどみっちりと稽古をする。少しずつ動きのイメージがつかめるようになってきた。ああ自分はいまこういう動きをしているのだな、動きながらそう思えるようになってきた。これは楽しい。あんまり面白いのでいささかやり過ぎた。明け方、左のふくらはぎが肉離れ、激痛とともに目を覚ました。

朝一番で接骨院にいく。「またですか」、「ええ、またです」と挨拶をして治療をしてもらう。マッサージを受けながらいろいろ話をする。(それにしても接骨院の先生たちは患者さんたちとよく話をしている。きっと会話そのものが、患者にとって治療的な意味があるのだろう)

「もうレースはないのですか?」と訊かれる。マラソンのことである。「ええ、今シーズンはもうレースはありません」と答える。「来シーズンは?」とは訊かれなかった。訊かれなかったが、自分ではいろいろ考えていた。

皇居50kmを走ってほぼ2週間。「さて、次は?」と当然思うことになる。どう考えても次の目標はウルトラマラソンしかないのである。「サロマ湖ウルトラマラソン」である。距離は100km、制限時間は13時間。過酷なレースである。少なくとも、僕にとってはぎりぎりの過酷さではないかと思う。

やっかいなことに「ぎりぎりの過酷さだからこそ、どうしても走らねばならない」そう感じている。来年でなくても、再来年、再来年でなくてもその翌年。ウルトラマラソンはきっと僕の周りをうろつき回り続けるだろう。どこかでケリをつけねばならない。

かつては、フルマラソンを1度走ることがケリをつけることだと思っていた。そう思ってトレーニングをし、完走した。もう5年も前のことだ。きつかった、その分、達成感もあったし、感動もした。でも時間が経つにつれて、これじゃない、という感じが強くなってきた。では何か。考えるたびにウルトラマラソンという言葉が頭の中に浮かんだ。

『ゲド戦記』の影との戦いみたいなものである。魔法使いゲドは、ひょんなことから得体の知らない何者かに追いかけられ、命を狙われることになる。必死に、世界の果てまでも逃げようとする。しかし逃げ切れない。逃げられないと覚悟した時、今度はその得体のしれないものを追いかけることになる。ゲドが追うほどに相手は逃げる。相手を追いつめる。そして捕まえる瞬間に、相手が自分の影であり、相手の名前も「ゲド」であることをさとる。

この話は、まさにユングの元型の考え方と合致している。ユングによれば、影とのやりとりは人間にとって避けて通れないことである。それから逃げるようにして人生を編んでいくこともあるだろうし、それを捕まえることによって人生を編んでいくこともあるだろう。誰もが何かから逃げるようにしたり、何かを追いかけるようにして人生を過ごす。

僕にとってはランニングというのがその1つであったようだ。そしてウルトラマラソンというのが捕まえねばならない相手のような気がしている。どうやら機が熟してきたようだ。そこまで来れば、あとはどうやってきちんと相手を捕まえるかだ。何度か書いたが、長距離のレースを走りきることは、当日の根性や精神力だけでどうにかなるものではない。僕の能力では不可能である。

準備期間と当日のレースは地続きに繋がっている1つの出来事である。レースは来年の6月下旬でも、スタートはもっと手前にあることになる。では僕にとってのウルトラマラソンの始まりはいつなのだろう。2008年6月1日というのが僕の答えである。根拠はない。アバウトな見立てである。

1週間で走れる距離と同じ距離のレースは何とか走りきれる、というのが経験から得た僕の考えだ。フルマラソンを走りきりたければ、1週間に42.195km走れば良い。50kmのレースを完走したければ、1週間に50km走れば良い。それをレース前に4週間くらい続ければ何とかなる。

ということは、来年の5月に1週間100km(月間400km)走れるようになっていれば良いのだ。それを逆算していくと、どうやら1年で3000km走れば良いと言うことになる。1年という期間も、3000kmという距離も区切りが良い。とりあえず2008年6月1日がスタートする。

2008年6月1日から2009年5月31日までの1年間で3000km走る。

これが僕の目標である。3000kmという数字に至った時、初めは途方もない気がした。しかし良く考えてみれば、300時間である。僕はだいたい1時間で10km走る。ということは、300時間あれば3000km走れることになる。1年かけて何かを達成したい人間が、達成のために300時間とれないということはない。1日1時間も取らないのである。かりに受験生が1日に1時間も勉強時間をとらずに失敗したらどうだろう。やる気がなかったと言われるだけだ。

とは言え、300時間走るためには、少しずつ積み上げていかねばならない。これはそれほど簡単ではない。簡単ではないからこそ、やらねばならないと感じている。いたずらにテクニックに走るのではなく、愚直に1つのことを繰り返しながらきちんと結果を出す。今やらなければ来年、来年やらなければ再来年、いつまでもついてくるだろう。ならば、こちらから走っていって捕まえれば良いのである。

と書いたところで、自分が肉離れだという事実を思い出す。6月1日からはしれるのかね、心配である。来年も同じようなことを書かなくてすみますように。




18:19:35 | tonbi | |

28 May

〈関わり〉と〈繋がり〉


ここのところ「〈私〉というものは関わり合いにおいて成り立つ」ということを何度か書いている。前回のブログでも、株価のことを常に気にしている人たちと一緒にいる時の私と、知的障害児の人たちと一緒にいる時の私とでは、そのありようはかなり異なったものだろう、と書いた。

〈私〉が状況によって異なったありようを示すということは、それほど奇異には聴こえないだろう。それどころか、多くの人にとってそれは当たり前の事実だと感じられるかもしれない。「私はひょうきんな父親である」「私は妻思いの夫である」「私は市民ランナーである」「私は身動きのとれなくなった中間管理職である」「私は地域の防犯メンバーである」などなど。

おそらく、多くの人がこのようにいくつもの役割をこなしながら、日常生活を送っているはずである。しかし、「〈私〉というものは関わり合いにおいて成り立つ」ということは、「〈私〉が状況によって異なったありようを示す」ということとは別のことである。

「〈私〉が状況において異なったありようを示す」という文をよく読めば、ここで言う〈私〉は状況とは関わりなく存在していることが分かる。あらゆる状況を超えて、まずもって〈私〉というものが存在しており、その〈私〉が状況に応じてさまざまな役割を演じる、そういう文である。

これに対して、関わり合いにおいて成り立つ〈私〉とは、関わり合いを離れては存在しない。関わり合いのその時、その時に〈私〉は成り立つ。関わり合いという状況を離れて〈私〉は存在しないのである。

あらゆる状況を離れて存在する〈私〉と、状況においてのみ存在する〈私〉、両者はまったく異なったものである。そしてここで言おうとしているのは、状況においてのみ存在する〈私〉である。では、状況においてのみ存在する〈私〉とは何か。普通、そのように問いは進むが、その問いはいささか捉まえにくい。こういう時は、正解(と自分が思っていること)を直接求めるよりも、誤りとされるものがどのように誤りであるのかを明らかにするほうが答えに近い場合がある。

という訳で、あらゆる状況を離れて存在する〈私〉について、再び〈縁起〉という言葉と絡めながら考えてみる。あらゆる状況を離れて存在する〈私〉とは、さまざまな状況に応じて違ったすがたを示す〈私〉のことである。言い方を換えるれば〈述語としての私〉である。

私は「父親」であり、「夫」であり、「市民ランナー」であり、「中間管理職」であり、「地域の防犯メンバー」である。いずれの〈私〉も〈述語〉として語られている。〈述語としての私〉は、それぞれ異なった状況において成り立っていることは明らかである。「父親としての私」は子どもを前にした(あるいは意識した)状況において、「中間管理職としての私」は会社組織という現場(あるいは意識した)状況において成り立つものである。

子どもを前にして「課長としてはこう思う」と言ったり、会社において「パパはね」と言うことは、誰もしないであろう。つまり自分を「課長」と見なす時と、「父親」として見なす時では、それぞれ異なった世界を生きているのである。そして本人もそのことを理解している。自分はいま「課長」をやっている、自分はいま「父親」をやっている、と。そのことは、自分が課長以外の何ものかである、自分は父親以外の何ものかである、そう自分に思わせるのに十分な根拠となる。

今の自分以外の〈私〉がある。日常生活の自分は、それぞれの状況に応じて演じている自分であり、本当の自分はそれらとは別のどこかに存在するはずである、そう強く思うのも無理のないことである。状況に応じて演じるさまざまな自分がいて、それと同時に状況を超えた自分がどこかに存在しているという図式を、私たちは盤石なものとして受け入れる。

さて、ここで〈縁起〉という言葉を引っ張り込む。すでに述べたように、縁起とは〈因縁生起〉の省略である。〈因〉とは直接的な原因であり、〈縁〉とは間接的な原因である。そしてあらゆる物事は因と縁によって生起している。一般的にはこのように説明される。

いささか我田引水気味に、〈因〉を〈関わり〉、〈縁〉を〈繋がり〉という言葉に言い換えてみる。(仏教語の正確な意味ではこのようなことはないと思う。)そして〈関わり〉とは「自分が意識している範囲」であり、〈繋がり〉とは「私が気づいていない広がり」とする。

このように言葉を整理すると、〈述語としての私〉は〈因〉つまり〈関わり〉の世界に生きていることになる。〈関わり〉の世界とは自分が意識できる世界である。そして自分が意識できる世界とは、自分にとってのすべてである。つまり〈関わり〉の世界に生きる〈述語としての私〉は、自分が意識できる世界すべてを視野に入れつつ、その中で状況にあわせてさまざまな役割を演じていることになる。その意味では、〈述語としての私〉は世界すべてを見ているのであり、分かっているのであり、その上で合理的に判断し、行動しているのである。

しかしながら〈述語としての私〉は状況ごとに異なったありようを示す。つまり不安定である。そこから「あらゆる状況を超えて存在する〈私〉」が心理的に求められる。これを〈主語としての私〉と呼んでおこう。〈関わり〉の世界に生きることは、〈述語としての私〉と〈主語としての私〉のブレに曝されることである。しかし、〈私〉の不安定さはこのブレだけによるものではない。

〈私〉が生きている世界は、自分が意識できる〈関わり〉の世界のみではなく、私が気づいていない広がり〈繋がり〉の世界でもあるからである。〈関わり〉の世界とは自分が意識できる世界である。意識するとは、言葉により世界を理解することである。言葉で理解することは、茫漠とした全体をある一点で捉まえることであり、その意味で限定的な行為である。つまり〈関わり〉の世界とは言葉によって限定された世界の事である。

〈繋がり〉の世界は〈関わり〉を超えた広がりを持っている。しかしとりあえず、その〈繋がり〉の世界は、私によって意識化されることはない。では、〈繋がり〉の世界には全く取りつく島がないのかと言うと、そういうことでもない。とりあえず言葉で定義することは可能である。「〈繋がり〉の世界は、空間においても時間においても心においても無限である」と。

もちろん、これはでは何も説明したことにはならない。結局は言葉によって限定できない(つまり無限である)ということを言葉で言っているに過ぎない。そうなのである。〈繋がり〉の世界は言葉で捉えることは出来ない。しかしながら、ここに逆説的に〈繋がり〉の世界との繋がりを確認できる方法が示されている。「言葉によって捉えようとすることで、言葉では捉えられない何かが存在する。」そのようにして〈繋がり〉の世界は確認されるのである。

〈繋がり〉の世界は言葉で追いかければ追いかけるほど、繋がりが実感できるようになる。しかしそれを言葉で捉まえることは出来ない。(仏教的には智慧で捉まえることになる)。〈関わり〉の世界のみに生きていると、〈繋がり〉の世界の存在を意識することすらない。

しかし〈関わり〉の世界のみに生きることは不可能である。なぜなら、自分が意識しようと、意識しまいと、〈関わり〉の世界と〈繋がり〉の世界は地続きだからである。言葉による意識化で世界を限定することは根本的に不可能なことである。(そのことは逆説的に、〈繋がり〉の世界が言葉によって捉えることは出来ないが、言葉とは別の形でそれを捉まえることが出来ることを示している〉

私たちが限定された〈関わり〉の世界で生きようとしても、けっして思い通りにはならない。それは〈繋がり〉の世界と地続きになっているからである。私が柵を設けても、風は吹き込んでくる。歌は聞こえてくる。そういうものである。そのことに誰もが気づいているから、〈関わり〉の世界に生きる人は、どこかで〈本当の自分〉の存在を確信するのである。〈関わり〉を超えた〈繋がり〉があることに気づいているからである。

さて、ここまで来て、「〈私〉というものは関わりにおいてのみ成り立つ」という言葉に戻ることができる。まず確認が一点。ここでの「関わり」という言葉は、限定された世界と言う意味での〈関わり〉ではなく、まさに〈因〉と〈縁〉の両方を合わせたものである。言い換えれば、〈関わり〉と〈繋がり〉を1つにした全体である。これを無限と言ってもよいし、時空と言ってもよいし、宇宙と言ってもよい。仏教的には、法界とも呼ぶし、法身とも呼ぶし、大日とも呼ぶし、阿弥陀仏とも呼ぶし、山河大地日月星辰とも言う。

いずれにせよ、〈関わり〉と〈繋がり〉を1つとして捉えることである。あらゆる関わりは無限という状況において起こっている。無限は捉えることが出来ないので、ブレを覚悟で言葉で限定して暫定的に状況を整理する。私たちが行っているのはそういうことである。つねに状況が無限であるならば、そこには状況を超えた〈私〉などというものは存在しない。そこに存在する〈私〉はつねに状況に随ったものとなる。しかしこれは〈述語としての私〉ではない。なぜなら、〈私〉はつねに状況に随っているので、状況を超えた〈主語としての私〉が存在しなくなるからである。

〈主語としての私〉が存在しなければ〈述語としての私〉も存在しない。しかしながら無限という状況に随った〈私〉は常に存在している。仏教が説いていることはそういうことではないのか、僕はそんなふうに考えている。

ここまでお付き合いくださった方、どうもありがとう。論旨はズレてないと思うが、もうちょっと上手く書けないのかねぇ、というのが実感です。春の宵のような、秋の抜けるような青空のような、そんな言葉で何とかかけないものか。恥を曝すというのも目的の1つです。研鑽を積むしかありませんな。

結局、今回書きたかったのは、こんなことです。これだけだらだら書いて、やっと書けます。

彼は自分なり考えて生きてきた。そこには喜びがあり、悲しみがあった。ある時、ふと、彼は思った。ああ自分は宇宙なりに考えて生きてみようと。そこにもやはり、無上の喜びがあり、深い悲しみがあった。満ち足りていた。







12:12:53 | tonbi | |

25 May

伴走をする

昭和記念公園で知的障害者の伴走をした。皇居50kmから一週間。再び走り始めるにはちょうどよいタイミングだ。距離はわずか5kmだが、走り終わったあとにはいつも以上の疲れを感じた。まだ回復しきっていないのだろう。

知的障害者の伴走をするのはこれで2度目だ。ちょうど2年前の同じ大会で初めて伴走をした。2年前に比べたら全体的に活気が感じられなかった。荒川市民マラソンと同じようにこの大会も、国交省あたりから出ていた補助が削減されたのかもしれない。あるいは、単に雨のせいで人が少ないのかもしれない。

伴走をしながら2年前の感覚を思い出した。彼らを一定のペースで走らせるのはけっこう難しい。普段の練習から算出された目標タイムを聞いているので、何とかそのペースで走らせようとする。今日、僕が伴走したのは、二十歳前くらいの男子で、目標タイムは5kmを30分。つまり1km6分の計算になる。スタート直後から1kmくらいは良い感じだった。このまま30分を切れるかもしれないと思った。ところが、思い通りにいかない。

給水所ごとに5mくらい手前で立ち止まってじっーとそちらを見つめる。明らかに水を飲もうとしている。水を飲ませると休憩時間と勘違いして動かなくなるのでそのまま通過してくれとの指示をうけているので、「ここでは、水を飲まないんだよ。さあ、前に走って、走って」と促す。そのたびに僕を恨めしそうな顔でみる。そんなことを4回繰り返す。当然、タイムをロスする。

あるいは、ちょっと息が切れると突然走るのをやめて歩き出す。僕が何度も何度も、「走って。頑張って。走って。頑張って」と言っても、聞く耳を持とうとしない。僕の声を聞き流しているのが表情から分かる。そのうち、苦しくなくても簡単に歩くようになる。そうなると僕も手加減はできない。かなりの大声で「いいから、走る。前を向いて。しっかり走る」と叱る。すると、しぶしぶ走り出す。

反対のこともある。後ろからスピードの速い集団が来ると、突然、ダッシュを始める。すごい速さで声を上げながら走り出す。本人は至って嬉しそうである。しかし、これじゃあ息も持たないし、下手すれば転倒してしまう。「ゆっくり、ゆっくり。慌てないでゆっくり走り続けるんだよ」と急いで追いかけながら説得する。

少し、ペースを落とす。ああ、僕の言葉が届いたのかなと思ったら、今度はまた歩き始める。やれやれと思いながら「走って、頑張って」を繰り返す。レース中がみがみ言われるのだから、あまり心地よくはないのだろう。ゴール後、「よく頑張ったね」と声をかけようとしたら、すーっと僕から離れていってしまった。

伴走した男子とは別の男子にはすごく気に入られてしまった。彼も二十歳前くらいだ。朝の集合のときに彼と目が合ったので、「こんにちは、のぐちです」としっかりと挨拶した。彼は僕の目をじーっと見て、「のぐちさん。のぐちさん」と何度も言いながら、僕の腕をしっかり握ってしばらく僕についてきた。もしかしたら、僕が伴走すると勘違いしていたのかもしれない。

走り終わったあと、またもやどこかで「のぐちさぁん。のぐちさぁん」という声がする。「はーい、ここだよ」と手を振ると、僕のそばまでやってくる。そして腕をしっかり握り、「いこう」と僕をちょっとスペースのある場所に引っ張っていく。

僕の前に立ち、なにやらぶつぶつとつぶやきながら、手足を動かし始める。何か一生懸命に伝えようとしているようだ。だが、ためらっているのか、照れているのか。声も聞き取れないし、動きもよく分からない。仕方がないので、彼の動きに合わせて僕も手足を動かしてみる。

すごく嬉しそうな表情になり、手足を大きく動かし始める。どうやら何かの踊りのようである。とりあえず、僕も彼に合わせて手足を大きく動かすと、満面の笑顔で歌を歌いながら踊り出す。そして僕の動きが悪いと、顔をしかめてもう一度同じ動作を繰り返す。僕に踊りを教えているのだ。きっと彼なりの贈与なのだろう。

この辺りで、周りの人が少し不思議そうな目で僕らを見出す。そりゃ、そうである。大の男が2人で、奇妙な踊りを踊っているのだから。告白すると、この辺りですこし恥ずかしくなる。しかし、ここでひるんでは彼の好意を拒否することになる。腹を括って、周りは無視する。

彼の歌を聴いて踊りながら、この曲もこの踊りもどこかで見聞きしたことがあると思いつく。どこだろう、そう思いながら鼻歌でメロディーに合わせて、一緒に踊る。そうか、分かった。「おかあさんのいっしょ」のエンディングの踊りだ。それも弘道おにいさんの時のエンディングである。

  いいな、いいな、なれたらいいな♪。いいな、いいな、ないれたらいいな♪
  みんない〜っしょに、みんないっしょに、あ!い!う〜っ、え、お! おー!♪

2人一緒に拳を天に突き上げる。再び恥ずかしさを感じるが、彼の嬉しそうな顔を見ると、まあこんなものか、と納得する。とりあえず一休みしようと思って歩き出すと、彼が僕の腕をがっちりとつかむ。どうやらまだ終わりではないらしい。

今度はあずま屋の屋根の下に僕を引っ張っていく。そして僕の顔の20cmくらいのところまで彼の顔を寄せ、すごく真剣な目つきで何かを言う。よく聞いていると、「ひろみちおにいさん」と言っている。「ああ、弘道お兄さんね」と僕が答えると、嬉しそうにうなずく。

次の単語になる。何かのキャラクターの名前であるようだが、よく分からない。「それしらないんだよ。よくわからない」と答える。すごく真剣な表情でまた名前を繰り返す。仕方がないので、彼が言った通りにリピートする。すると満足そうに笑顔になる。だんだんと語学の練習のようになってくる。そんなことを何度も繰り返す。

だんだんと難しくなってくる(と僕が勝手に感じているだけ)。どうやら話は、昔やっていた「英語であそぼ」という番組の、日系外国人のお姉さんの長ったらしい本名と、ニックネームの関係になっているらしい。ただ、彼の発音が聞き取れないので、うまくリピートできない。するとどんどん目つきが真剣になり、顔がくっつかんばかりになり、長ったらしい名前を発音する。僕の腕をすごい力で握りだす。

僕は出来の悪い生徒みたいに、何度も何度も発音を繰り返す。その度に、厳しい目で見られ、腕を強く握られる。何とか正解になる。どうやらそれが最終問題だったようだ。淡泊なもので、それが終わると、すっーと、何事もなかったように彼は離れていってしまった。

〈私〉というのは関わり合いにおいて成り立つものである。そんなことを前回も書いた。今日のような状況では、とくにそのことを実感する。一日中株価の変動を気にしている人たちと一緒にいるのと、彼のような人たちと一緒にいるのでは、おそらく僕という人間のありようはかなり違うだろう。そして株価を気にする人たちといつも一緒にいれば、株価の変動が僕にとっての世界となる。彼らのような人たちといつも一緒にいれば、それが僕にとっての世界となる。その意味では、〈私〉が関わり合いにおいて成り立つのと同じように、私たちが実感する〈世界〉も私たちと関わりにおいて成り立つのである。

今日はなかなか楽しい〈世界〉で、悪くない〈私〉でいられたようである。




23:27:15 | tonbi | |

24 May

服に臭いがつきました

私たちは「この本は、すごい本である」とか、「この人は、すごい人である」などと言う。その時、その〈すごさ〉は目の前の「本」や「人」に属している本質のようなものであると考えがちである。言い方を換えれば、その〈すごさ〉は私たちの意見とは関係ないということになる。確かに、目の前の「本」や「人」に「すごさのようなもの」が備わっている可能性は高い。しかし現実では、人に「すごい本だよ」と薦めても、「大したことない本だね」と突き返されることがある。

本だけではない、あらゆる物事に関して、そのようなズレは生じる。結局のところ、誰かが「この本はすごい」と言えるのは、その人自身がその本をすごいと認める基準をもっているからではないだろうか。私たちは自分がすごいと認められる物事しか、すごいと認めることができない。ある物事をすごいと認めるためには、その物事をすごいと認める基準をその人が持っていなければならない。

一般的にこの社会で用いられている物事の見方は、自分と物事は切り離され別々である、とするものである。〈私〉という主観から目の前の物事を切り離し、それらを対象とする。そして、それら対象としての物事の集まり全体を世界とする。当然、そこでは〈私〉と〈世界〉は別々になる。

このような図式の中で、〈世界〉を理解するために、〈私〉は思い込みやあいまいな感覚を捨て、理性によって〈世界〉を客観的に捉えねばならない。この時、〈私〉という主観とは関係なく、世界に客観的な法則やルールが存在すると考えるなら、世界には万人に共通する真理のようなものがあることになる。

私たちは一般的に、問題が起こったりすると、「理性的に」とか「客観的に」などという言い方をする。これは、理性的であることや客観的であることが真理に行き着く道であることを、どこかで認めているからである。

世界が〈私〉と関係なくあるのと同じように、〈私〉も世界とは関係なくあることになる。世界やさまざまな物事から切り離されて存在する個としての〈私〉である。そこで「私とは何者か」と考えようとすれば、〈私〉は世界と切り離された形で語られねばならなくなる。そこでは、日常の生活で演じている自分とは別の〈本当の私〉がたどたどしい言葉で語られたりする。あるいは、〈私〉をさまざまな能力の集合体とし、それらの能力を数値化することで〈私〉を説明したりする。

自分と世界は切り離されている。同様に、自分は他者と切り離されている。そこでは、他者から切り離された個としての〈私〉が、別の個としての〈私〉と関わりを持つことが、この世界で起こっている出来事である、そういう理解が成り立つことになる。

例えば、この世界には善い人と悪い人がいる。上の考えに乗っかれば、善い人とは本質的に善い人であり、その人1人を世界から切り離しても善い人として存在することになる。悪い人も同じである。悪い人は根本的に悪い人であり、世界から切り離されその人が1人でいても悪い人である。両者の理想的な関係は、善い人が悪い人に対して悪いところを指摘し、その悪を改善することである。お互い、原理的に切り離されているので、善い人は善い人のまま悪い人と関わることになり、最初から最後まで変わることなく善い人のままでいることになる。悪い人も悪い人のまま善い人と関わる。そして運が良ければ少しずつ悪い部分を減らすことが出来る。

こういう見方があるということは十分に承知している。世界とはそのようなものであると教えられてもきた。しかし、どうもそういう見方はしっくりこない。言い方を換えれば、その見方によって語られる現実は、僕が見ている現実とどこかがズレているのだ。ということは、僕は〈私〉や〈世界〉を違った見方で見ていることになる。

何度か書いているように、仏教には〈縁起〉という言葉がある。僕は〈縁起〉として〈私〉や〈世界〉を見ている(というか、そのように見える)。縁起とは〈因縁生起〉という言葉を省略したもので、広辞苑にはこのようにある。

  一切の事物は固定的な実体をもたず、さまざまな原因(因)や条件(縁)が
  寄り集まって成立しているということ。仏教の根本思想。因縁。因果。

なるほど、その通りである。ただ、僕が「縁起ってどういうことですか?」と尋ねられたら、今のところはこのように答えるだろう。「関わり合いにおいてのみ個が成立することです」と。この言い方で強調したいのは、〈私〉と〈物事〉や〈世界〉は切り離されていないということである。また、〈物事〉や〈世界〉との関わり合いを離れたら〈私〉は成り立たないということである。言い換えれば、〈私〉を離れたら〈物事〉や〈世界〉は成り立たないということである。

では〈縁起〉とは具体的にどのようなことか。これにはさまざまな説明があるが、その1つに〈熏習〉という言葉がある。広辞苑には「物に香りが移り沁むように、あるものが習慣的に働きかけることにより、他のものに影響・作用を植え付けること」とある。

熏習とは、衣服に香りがしみ込む、そのような関係である。間違っていないのだが、このように書くと、「〈衣服〉に〈香り〉が〈しみ込む〉」という過程を〈熏習〉と名付けていると受け取られるだろう。しかし、僕の考えは少し違う。〈熏習〉とは衣服に香りがしみ込む過程ではなく、すでに香りがしみ込んでしまっている衣服の状態を指す言葉だと思う。

香りがしみ込んでしまった衣服は、それ自体が一つのもの(=出来事)である。「香りの付いた衣服」という1つのものをかりに分けてみたら、〈衣服〉と〈香り〉に分けられる、ということである。だから服から変な匂いがする時に、私たちは「この服が臭い」という言い方をし、「服は臭わないが、臭いがするね」とは言わないのである。〈服〉と〈臭い〉は別物ではなく、一つである。〈私〉も同じである。つねに物事や他者や世界と〈関わり合っている〉というあり方をしている。その関わり合いの状態を、仮に分けた時に、〈私〉や〈物事〉が別々の存在として見いだされるのである。

『大乗起信論』という書物の〈熏習〉の考え方をベースに、先ほどの善い人と悪い人について考えてみる。まず、善い人も悪い人も、それ自身、単独では存在できないことになる。誰とも関わり合いのない善い人や、誰とも関わり合いのない悪い人というものはあり得ないのである。善い人も悪い人も関わり合いにおいて成り立つことになる。その意味では、善い人も悪い人も、本質的に善い人や悪い人なのではなく、関わり合いおいて善いという状態にある人、悪いという状態にある人、ということになる。

では、善い人はどのような関わり合いにある時、善い人なのか。それは悪い人と関わり合っている時である。もちろん、一緒に悪いことをするためではない。悪い人を善くするためである。その時の関わり合いは、まるで衣服と香りが分けられないような関わり合いである。あの服は臭い、というのと同じように、あの善い人は悪い、ということになる。善い人から悪が切り離せないのである。

喩えるなら、それは海の浄化作用のようなものである。川から流れ込む汚れた水を浄化するためには、海は汚れた水と一つになることが必要である。川の汚れを受け入れ、その汚れを一度自らのよごれとする。その分、海は一時的に汚れることになる。そして時間をかけてその汚れを浄化する。同じように、善い人は悪い人の汚れを自らの汚れとして引き受けることになる。引き受けた上でその汚れを浄化し、悪い人から汚れをなくすのである。

このように考えると、善い人であるためには、悪い人と関わり合っていなければならなくなる。何の汚れもなく、きれい事を言っている善い人などは存在しない。人が善い人であることができるのは、悪い人がいるからである。その意味では、善い人は悪い人のおかげで善い人なのである。もちろんこれは、悪い人を全面肯定するものではない。関わり合いにおいてすべてがあるという見方に立った時に見えてくる現実を語ったらこうなるということである。(もちろん、〈私〉と〈世界〉が切り離されている見方に立てば、これは非現実的なお話、ということになる。見方の違いによって、何が現実なのかも変わってくる。)

この〈縁起〉〈熏習〉という見方に立てば、〈私〉がどのような人間であるか、あるいは〈私〉を善くするにはどうしたらよいのかという問いは、〈私〉個人を取り上げて、その能力を算出し、対策を立てればよいというものではなくなる。〈私〉を〈物事〉や〈他者〉や〈世界〉から切り離して考えることは非現実的だからである。

縁起や熏習という見方に立てば、〈私〉を成り立たせている関わり合いがどのようなものであるかを確認することが必要となる。その上で、その関わり合いそのものを〈私〉を中心に組みなおすことによって初めて〈私〉を善くすることができる。この時、〈私〉は〈世界〉は別ではないので、〈私〉を善くすることは同時に〈世界〉も善くすることになる。〈私〉が善くなることが〈世界〉が善くなることであり、〈世界〉が善くなることが〈私〉が善くなることである。

そんな見方をしている僕が、ある会社で人事考課制度の作成を手伝うことになった。正直、人事考課制度などという言葉はそれまでまともに聞いたことはなかったが、どうやら個人を評価するシステムのことであるらしいということは理解できた。そこで思い切って、〈縁起〉〈熏習〉の考えを組織を善くするという枠組みに当てはめて提案してみた。もちろん、仏教用語などは一切使わず、僕が見える現実を丁寧に説明しただけだ。

〈個人〉と〈組織〉は別物ではない。だから、ある個人をとり出して、その人の能力を数値化することは根本的に無理がある。〈個人〉がどんな状態なのかは、その個人がどのような関わり合いにあるかによって決まる。だとすれば、〈個人〉を中心に関わり合いそのものを評価するシステムを作ってはどうだろう。その方が現状を反映できるのではないか。そういう提案をしたのである。

その結果、かなりユニークな人事考課制度ができ上がりつつある。上手く機能してくれるとよいなあ、と思っている。とはいえ、そういう提案を受けて入れてくれたこと自体、驚きである。少しずつ、言葉が届きはじめているような気がする。
03:21:24 | tonbi | |

19 May

皇居チャレンジ50km

皇居チャレンジ50kmを走って、iPod nanoを手に入れよう。といっても、誰かがくれるわけではない。うまく完走できたら自分で買うのである。一応、相方に「ねぇねぇ、今度の皇居50km、完走したらnano買っていい?」とお伺いを立てるが、最初からOKが出ることは分かっている。

直前の40日間でランニング300kmの目標も達成、減量も成功。不安定要素は、当日の天候の影響と、アップダウンがどれほどの負担になるかだ。でも、怪我さえしなければまず大丈夫だろうと踏んでいた。nanoは手に入れたも同然だと思っていた。

ところがである。レース2日前の金曜日の明け方、眠っている時に右のふくらはぎが肉離れのようになった。突然、凄い痛みがふくらはぎに走り、筋肉が変な形に張っている。あまりの痛さに大声をあげそうになるが、家族を起こさないために何とかこらえる。痛みがあるていど治まるのをまち、再び眠る。

朝、家族とともに起きる。起きて動こうとするのだが、右足がまっすぐ伸ばせない。膝を伸ばそうとするとふくらはぎに痛みが走る。まともに歩くことも出来ない。参った。正直、かなり参った。ここしばらく、これほどの逆境に置かれたことはない。動けないので、布団に入って午前中はふて寝する。

どう考えても2日後に50km走れるように思えない。そこで出てくる言葉は「不参加」である。目標としている50kmが達成できないと分かっているのだから、大会に参加しないというのは一見、筋が通っているように思える。でも、それは違うのである。

こういう場合、大抵、僕は3つの問いを立てることにしている。1つは何故このようになったのかという原因である。2つ目はではどうするかという対処である。そして3つ目は、この出来事はいったい自分に何を問うているのだろうか、である。

原因は簡単である。レース近くになって過度の走り込みをしたこと。その疲れが抜けないまま、合気道の稽古に精を出してしまったこと。始めたばかりの合気道が楽しいので、ついつい浮かれた気分でやり過ぎたのだ。他人のそういう状態はすぐに見抜けるものだが、自分の時にはどうしても自己合理化させて、好き勝手をやってしまう。

この状況ですぐに、ではどうするかという対処を考えると、どうしてもネガティブな答えが出てくる。目標に向かっている途中で何らかの障害が起こるのだから当然である。そうするとどうしても「不参加」というような答えを出したくなる。

この状況をきわめてシンプルに表せば、「自分にはやりたいことがある。でもそれが出来そうにない。だから最初から何もやらない」となる。自分がやりたいことがあるというのは、自分が「欲」をもっているということである。その「欲」が満たされないのであれば、自分は何もやらないということになる。逆説的に言えば、何かをするとしても、それはつねに自分の「欲」を満たすためである。その際、自分が関わる出来事や、自分が関わる人はすべて自分の「欲」を満たすための手段となってしまう。

この出来事はいったい自分に何を問うているのか、という問いは、上の考え方とは方向がまるっきり逆である。自分が出来事や人、世界に問いを投げ掛け、欲の手段とするのではなく、自分が出来事や世界から問われる側になる。自分の淡い期待など一切捨てて、その場で自分が何をすべきことを行為として示し、自分なりの答えを示さねばならない。

で、僕は何を問われていたのか。「このレースはそんなに甘いものではないですよ。もう一度、緊張感をもってレースについて考え、出来るところまで真剣にやりなさい」というものだった。よく考えれば当然である。今まで走ったことのない距離、いつもより厳しい暑さ、未経験のアップダウンのコース。ちょっと頭で考えた計画が守れたら、簡単にクリアできるようなものではないのだ。普通のフルマラソンだって毎回、それなりの苦しみがある。

では、レースまでに何が出来るか。とりあえず接骨院に行き、できる限り治療をしてもらう。金曜日と土曜日2日、接骨院に通った。今までフルマラソンのレース後にもマッサージを受けたことはないし、肉離れをしても接骨院に行くことはしなかった。その意味では、進歩である。接骨院では50kmと驚かれ、まあ無理でしょうね、というような話をしながら、ケアをしてもらう。もちろん家でもひたすらケアをした。

そしてレースについて真剣に考えた。最大の目標は、制限時間5時間30分以内の完走。まあ、これは3%くらいしか可能性はないだろう。次は、5時間30分走り続ける。これは10%くらいだな。実際は、30km走れれば御の字である。10kmでもよい、5kmでもよい、とにかく少しでも走ろう。ベストの状態でもそれなりの苦しみはあるはずだ。それと同じくらいの苦しみは味わおうではないか。

3ヶ所怪我するまでは走る、というのが同じくらいの苦しみだろうなと想像する。2ヶ所までの怪我なら、何とか脚を引きずって前には進めるだろう。それまでは歩いてもよいからリタイアするのはよそう。3ヶ所怪我したらあきらめよう。でも、できる限り走り続けたい。ということは、とにかく怪我をしないスピードで走り続けることだ。金曜日、土曜日と何度も何度も同じことを考える。

レース当日、早朝、目を覚ます。痛みがかなり抜けている。昨夜からは信じられないような回復である。時間制限のないフルマラソンなら完走できるかもしれない、というくらいの回復である。とりあえず、あきらめずにやっておいてよかった。しかし、やっとスタートラインにつけた程度である。

そして午前10時にスタートラインを切る。1周5kmのコースを10周。5kmの内訳は、3分の1がフラット、3分の1がアップ、3分の1がダウンという感じである。日差しは強いが、コースの3分の2は木陰を走る感じなので、それほどでもない。どこまで脚がもつか。

驚くなかれ、6周までは1km6分を切っていた。つまり、3時間で30kmである。残り2時間半で20km、怪我さえしなければ、走り続けられれば何とかなる。とはいっても、どんどんと脚が動かなくなる。1周33分になり、35分になり、とどんどんペースが落ちる。上りも下りも脚が思うように動かない。思い通りに走れているのは、フラットなところだけだ。

歩道を走るレースなので、日傘を差した歩行者や、中国人ツアー客集団、自転車、一般のランナーなどがたくさんいる。40kmを過ぎると注意力も散漫になり、しょっちゅうぶつかりそうになる。残り2周で、1時間25分の残り時間である。レースを終えた人たちが「がんばれよ」と声を掛けてくれる。あと2回、坂を上って、坂を下れば終わりだ。出来るだけ速く、でも肉離れをしないように慎重に。

あと1周、残りは48分。何とかなる。それにもう45km走っている。これまでの最長だ。走りきれなくても、一歩先に進めたことになる。少し気分が楽になる。少なくとも、引き分けには持ち込んだ。怪我はなくても脚は十分に痛んでいる。痛む足を引きずりながら、できる限り笑顔で走ることにする。

信号ごとにいる係員が「最後だ、がんばれよ」と声を掛けてくれる。その度に「お世話になりました」とお礼をいう。上りきったところで最後の給水を済ませ、ゆっくりと下り坂を走りおりる。左手のお堀の向こう側には、初夏の風に揺れる木々の緑が映える。1週目の下りの時にもその緑を気持ちよく眺めながら走ったことを思い出す。そうか、これで最後なのか。初夏の景色をしっかりと目に焼き付ける。

坂を下り、桜田門をくぐる。「もう少し、頑張れ」と何人もの人から応援される。100メートル先にゴールが見える。一緒に走った何人かと、相方と子ども2人が正面で待っている。ゴールに向かって走る。どんどん、どんどん嬉しさが満ちあふれてくる。長男が最後の5メートルを一緒に走り、一緒にゴールする。5時間22分というのが、僕の時計でのタイムである。いつものように、帽子をとってコースに向かって一礼する。

正直、完走できたことに自分でも驚いている。大げさなことを言えば、ちょっとした奇跡である。実際レース前には、奇跡でも起これば完走できるかもしれないな。奇跡はないとは言えないが、期待するものではないから、まあ行けるところまで行って、あとはお任せだな、と思っていた。あるいは完走できたのは、自分の持っている数少ない「ラッキーカード」の1枚をこんなところで使ってしまったからかもしれない。

結果的には、怪我をしてよかったと言える。怪我をせずに計画通りに完走していたら、これほどの喜びは味わえなかったからだ。怪我をしてぎりぎりまで追い込まれたことで、より満ち足りた時間が過ごせた。満足に値するものを手に入れるためには、それなりの辛さが必要だという、いつもながらの事実である。

目標に向かって計画を立てそれを守りながら、実際の場面ではそれに裏切られながら追い込まれる。苦しんだ分、満ち足りた時間を過ごすことになるのだろうな、これからも。そんな風に実感している。


15:02:24 | tonbi | |