Archive for June 2008

29 June

『蟹工船』を読む

あっという間に、今年も半分が終わろうとしている。気がついたら夏至も過ぎていた。まだ夏が来ていないのに。夏に向かって、日がどんどんと短くなる。

さて、ほぼ20年ぶりに『蟹工船』を読み直した。今年の1月9日の毎日新聞で、高橋源一郎と雨宮処凛が格差社会についての対談をしていた。そこで『蟹工船』が話題になった。『蟹工船』の過酷な労働状況が、現在のフリーターやワーキングプアといわれる人たちの状況と似ているらしく、書店でもかなりの売れ行きらしい。

で、何を書こうか。小説としてはそれほど面白くなかった。けっこう粗い文章である。場面の転換なども一本調子だ。出来事のインパクトはあるが、物語としてのうねりもあまりない。とはいえ、僕には文学作品をきちんと論ずるほどの素養はない。結局のところ『蟹工船』は僕が好んで読むような小説ではない、ということだ。

あるいは、あの時代状況で小林多喜二が『蟹工船』を書いた意義について書く事も可能かもしれない。『蟹工船』が発表されたが1929年。多喜二は1933年に特高警察に捕まり、その日のうち虐殺されている。29歳であった。1929年にはすでに発表自体が危険な行為であったはずだ。そんな中でも、果敢に『蟹工船』を発表した多喜二の歴史的な意義について書く事も可能である。しかし、その素養も僕にはない。

振り出しに戻る。何を書こうか。

小林多喜二は、蟹工船内の過酷な状況を理解してもらおうとして『蟹工船』を書いたはずだ。そして、この場合の理解とは、単なる情報のインプットではなく、共感というものであったはずだ。そしてほぼ80年後に、「ああ、この状況は自分たちが置かれている状況と同じだ」と共感をもって読んでくれる人が多く出てきた。

共感を持って読んでいる人たちは、『蟹工船』に何を見ているのか。自分自身を見ているのである。そこに自分と同じ状況があるから『蟹工船』に共感できるのである。ここには厄介な問題がある。共感をもって読んでいる人は、現実的に彼ら自身の状況がひどいからこそ『蟹工船』に共感できるのかもしれない。裏を返せば、自分の状況がひどくなければ、『蟹工船』は古い小説の中の出来事になってしまうのかもしれない。

もう一歩、話しを進める。フリータやワーキングプアといわれている人たちが、自分たちのひどい現状をどれだけ訴えても、同じような状況に身を置いていない人は、それを自分とは関係のないどこかよその出来事としてやり過ごしてしまうかもしれない。ワーキングプアに共感するのは80年後の誰か、ということになってしまうのかもしれない。

しかし、日雇い派遣の人間が秋葉原で大きな事件を起こすことで、日雇い派遣の問題が、それ以外の人にとっても重要な問題になる。日雇い派遣の原則禁止が厚労相の口から出たのは、事件からわずか5日後だ。明らかに事件の影響がある。社会的に大きな問題と言えばその通りだが、裏を返せば、個人的な問題である限り別に関係ないという事でもある。自己責任、能力主義という形で、個人がどんどん孤立してゆきかねない状況になっている。おそらくこれから先、煮詰まった個人が周りを巻き込んで爆発するという出来事が増えることだろうと思う。

巻き込まれたくもないし、冗談じゃないとも思うが、そういう人が増えるのも当然だと思う。自己責任や能力主義という今の考え方から必然的に導かれる問題だからだ。それは自己責任や能力主義によって求められているものが金銭だからだ。金中心に責任や能力を云々すれば、当然どこかにひずみが出てくる。

私たちはけっして同じ条件のもとに生まれたわけではない。出来のいいヤツもいれば、悪いヤツもいる。恵まれた環境のもとに育った者もいれば、ひどい環境で生き延びた者もいる。能力と環境を自分で選んで生まれてきた人は1人もいない。にも関わらず、自己責任や能力主義でゲームをせざるを得ない。貧乏くじを引いたとしか思えない人もいるはずだ。

蟹工船で働いている人たちは、間違いなく貧乏くじを引いてしまったような人たちだ。それは決して自分の責任でもないし、能力の不足でもない。人間が作る社会は、そういう貧乏くじを引くような人間を作り出すような傾向があるのだろう。科学技術が進歩して、社会が進歩する。すると人間そのものが進歩しているような気になる。

しかし実際は、『蟹工船』から80年経っても、蟹工船と同じような状況を生きていると感じる若者たちが日本社会にはいる。また、それを自分とは関係ないと思っている多くの人間もこの社会にはたくさんいる。今は〈関係〉ないかもしれない。しかし誰もがそれと〈繋がって〉いるというのは存在論的な事実である。〈繋がり〉に気づくのが遅ければ遅いほど、それらとつらい〈関係〉を結ぶことになるというのは経験的な事実である。

そして世界には『蟹工船』よりひどい状況を生きている人たちがたくさんいて、それを自分とは関係ないものとして生きている人もたくさんいる。もちろん〈関係〉はなくても〈繋がっている〉。いずれ〈繋がり〉に気づかされることになるだろう。気づかされる前に、先手を打つこともできる。簡単なことである。自分がその状況にいることを本気で想像すれば良いのである。

(ウルトラマラソン準備完了まであと2835km)



18:39:00 | tonbi | |

27 June

安っぽくて単純な物語

前回は、つまらない文章を書いた。といっても、書こうと思えば面白い文章が書けるのに、あえてつまらない文章を書いたというのではない。これつまらないな、と思いながらも他に書きようがないから仕方なく書いたのである。書き終えて、う〜ん、と考えていたら、たまたま翌日の内田樹のブログで同じ問題を扱っていたので引用する。

私たちはもちろんつねに説明を求める。
因果関係の考究を断念するということは人間知性にはありえない。
けれど、おのれの知性の活動が「同一の話型の繰り返し」以上のものになっているのかどうかを自己点検することは、きわめて、ほとんど絶望的に困難である。
というのは、私たちの知性は(あらゆる技芸の習得と同じく)「同一の話型の繰り返し」によってしか、そのパフォーマンスを上げる方法を知らないからだ。
同じ話を繰り返す。
あらゆる出来事を手持ちの「チープでシンプルなナラティヴ」に流しこむ。
それが私たちの知性の活動の基本的なかたちなのである。
おろかなことである。
このピットフォールから脱する唯一の手がかりは、「でも、すごくたいせつなことがこのナラティヴでは語り切れずに残っているような気がする」という知的な残尿感(ひどい比喩だけど)を覚えることである。
その感覚以外に、同一のナラティヴのリフレインから抜け出す手がかりはない。
(引用以上)

結局、前回の文章で気に入らなかったのは、自らの語り口だった。実際にはキャンプ場での出来事をよく見ていない。にも関わらずそれを文章化しようとする。そこで、出来事を「手持ちのチープでシンプルなナラティヴ(安っぽくって単純な物語)」に流し込む。そうすればとりあえず文章にはなる。でもそれは「同一の話型の繰り返し」に過ぎない。何か大切なことが語りきれずに残ってしまう。

語りきれなかったことは何か。それは、如実に目の前に現れていたにも関わらず、僕がきちんと見ることを怠ってしまった出来事である。あるいはそれは、川の流れの音であったかもしれない、池に無数にいたオタマジャクシの泳ぎ方かもしれない、焚き火の炎の形であったかもしれない。見落としてしまったのだから、それが何であったかは分からない。

出来事はすでに過ぎ去り二度と見ることは出来ない。それを再現することは出来ない。そこで私たちは思い出すことによって、自分の頭の中に出来事を再構築するのである。思い出すことが「チープでシンプルなナラティブ」に流し込むことであり、それを言葉にすることで「チープでシンプルなナラティブ」はより強化される。

そんなことを繰り返しているうちに、出来事を「チープでシンプルなナラティブ」に流し込んでいるのが自分であることを忘れ、世界そのものが「安っぽくて単純な物語」のように見えてくる。出来事や世界はそれ自身としては安っぽくも、豊かでもない。私たちがそこに絡んだ時に、それが安っぽくもなるし、豊かにもなるのである。安っぽくて単純な物語しか持っていない人間には、世界は安っぽくて単純な物語の場となる。そしてその人はそういう物語を生きることになる。

言葉に関して言うなら、如実に目の前に現れていた出来事を、安っぽくしてしまう言葉は「死んだ言葉」である。すでに目の前にはない出来事を、目の前に如実に現すような言葉が「生きた言葉」である。そして生きた言葉は、自分の頭の中から出てくるのではなく、目の前にある如実な出来事から出てくるのである。
(ウルトラマラソン準備完了まであと2857km)


12:46:57 | tonbi | |

23 June

リーダー研修


月曜日、復活の月曜日である。昨日の日曜日は一日中、眠ったり起きたりを繰り返していた。ざーざーと雨が降っていたし、泥の中で泳いだあとのように疲れていたからだ。なぜそんなに疲れていたかというと、金曜日と土曜日の1泊2日でリーダー研修なるものにつき合っていたからだ。

リーダー研修から帰って一晩寝て、日曜日にはそのことを材料にブログを書く予定であった。さて書こうかと、雨を眺めながらパソコンに向かうのだが、頭の中はからっぽである。何も出てこない。何故だろう。理由は簡単である。書くつもりでリーダー研修の1泊2日を過ごさなかったからだ。そこで起こった出来事を書くつもりで見ていなかったからだ。

昔、絵の描き方を尋ねたことがある。すると、「見た通りに描くのよ」と教えられた。正論である。では、どのように文章を書けばよいのか。見た通りに、感じた通りに、考えた通りに、という答えになるだろう。書けないのは見ていないからだし、感じていないからだし、考えていないからである。

リーダー研修は自分にって初めてのイベントなので、きっと何か書けると思い込んでいたのだ。文章が書けることと、出来事のイベント性には関連はない。1人の人間の死は文章に出来ないが、100人死ねば文章に出来るというのと同じくらい愚かな勘違いである。わかっていたのに、自ら落とし穴にはまってしまった。

そこで今回はダメな文章の書き方をしてみる。(かっこ内にはダメな思考の流れを書いておこう)

(こういう場合はまず、客観的に状況を説明する)
金曜日、土曜日と1泊2日で道志村にキャンプに行ってきた。といっても遊びではない。付き合いのある会社のリーダー研修に講師として参加したのだ。朝は4時過ぎに起き、6時前に待ち合わせをして、10時の研修開始に間に合うように車を走らせた。

天気は曇りから弱い雨。そして強い雨、また弱い雨、強い雨とそんな繰り返しだった。木々の緑が雨に打たれる。その雨音が川の流れの音と重なる。そんな中、総勢13名のリーダー候補生が5人、4人、4人の3つのグループに分かれて研修を行った。

(何となく雰囲気は伝えられている。次は研修内容をおおまかに説明する)
研修内容はいたってシンプルなものだ。蛇口のみが写った写真をヒントに自分のテントサイトを見つける。そしてテントを設営する。さらに課題となっている夕食を作る。全員がキャンプの経験はなく、料理に関しても得意といえるほどの人間はいないようだ。この3つの課題を11時から19時までの間にこなさなければならない。

(もう少し細かく具体的に研修内容を説明しよう)
たったこれだけのことだが思ったより大変である。キャンプ場は広く、蛇口のみの写真からサイトを見つけるのにけっこう時間がかかる。すぐに見つかったグループもあれば、1時間近くかかったグループもある。サイトが見つかったらテント設営係と食材調達係に別れる。テント設営係は説明書を片手にテントを設営し、食材調達係は車で往復2時間かけて食材の調達である。

3つのグループは400メートル圏内に点在している。僕の仕事は各グループの状態のチェックである。気分はトレイルランである。意味もなく山道をランニングしてサイト間を行ったり来たりする。テントを設営したら薪拾いとかまど作りである。料理を作るという課題には、火とかまどの確保も入っているのだ。


(この辺りから、説明に主観的な印象を混ぜていく)
どのグループも試行錯誤している。経験がないので正しさの基準がつかめないのである。テントを設営する場所も雨が降って水たまりが出来た時のことを想定していないし、薪もすごく細い枝ばかり集めていたり、小さな石を積み上げたかまども風の通り道が確保されていなかったりする。

それでもテントがきちんとでき上がると「やったー」と大きな喜びの声がしたり、かまど作りのための石を「おもてぇー」とか言いながらも楽しそうに運んでいたり、やたらと薪をたくさん集めては達成感を味わったりと、だんだんと表情が良くなってくる。会社で仕事をしている時よりも表情が豊かになっている。

そんなことをしていると、あっという間に時間がたつ。早いグループで2時過ぎから、遅いグルーブで4時前から調理が始まる。Aチームが「豚の角煮」と「ほうとう」、Bチームが「サムゲタン」と「ミネストローネ」、Cチームが「ビーフシチュー」と「ロールキャベツ」。その他にどのチームもご飯を炊かねばならない。

日も暮れるころ、どのチームも何とか料理を完成する。立派なものである。講師としてすべての料理を食べることになる。6種類もあるのでそれぞれ「少しずつ」とは頼むのだが、みんなたくさん盛りつけてくれる。その表情がとても生き生きしているのでありがたく頂く。

食事の後は、リーダー候補者達と役員との話し合いの時間である。僕が司会進行を務める。司会の特権を利用して、これはある種のイニシエーションの儀式であると意味不明な話をし、みんなを異空間に誘おうとする。暗闇の中、ランタンの灯の下でリーダー候補者たちと役員が真剣にやり取りしている。そこには普段は見られない一体感がある。それを見て、この研修は成功だなと思った。

(あとは何らかの話題を一般論的に拡大してまとめる)
参加して思ったのは、火の管理の重要さであった。悪天候のせいで大変だったとは思うが、やはり火の管理の意識は全般的に低かったような気がする。きちんとした火力を維持するのは大変そうだった。天候のせいで火はつき難い。だから火がつくと喜んで安心する。そして目を離して他の用事をする。その間に火力が落ちている。あわてて火のケアをする。そんな繰り返しだ。

私たちの日常で火の管理といえば、火事を出さないことである。ガスレンジであれば、カチャッとスイッチを入れて、あとはつまみを調節すれば火力は安定している。おそらくそんな感覚が無意識にまですり込まれているのだろう。1度火が着けば大丈夫だと思って、目を離してしまうのだ。

焚き火をしてみれば分かることだが、火は常に変化しているし表情もある。火の中心はどこにあるのか、こっちの炎をどこへ導くのか、次にどの薪に火を移すのか、そんなことを常に考えていなければ火のコントロールなど出来ない。そして重要なのは、火の状態がよい時にこそ、それ状態を維持するために火をよく見ていなければならないのだ。良い状態のあとは悪い状態に向かうというのが焚き火の常である。

(そして強引にまとめる)
ちょっと考えると、これはキャンプでの火のコントロールだけではない。すべてのことに当てはまる。機械化、システム化、制度化によってこの社会は一見、安定しているように見える。しかし実際はかなり不安定なものである。だからこそ、安定した状態の時に浮かれていないで、きちんとその先を見ることが必要なのである。おそらく、今回のリーダー研修に参加したメンバーもそのことをどこかでつかんだことだろうと思う。有意義な1泊2日であった。

何というのか、ひどい文章である。PowerPointでプレゼンテーションをやられた時のような気分である。適当に材料を用意して、ひな形に流し込めば出来上がりという感じである。正直、書きながらほとんど考えていない。考えていないということは、裏を返せばこれが今の自分が身体化できている技術ということになる。それでも楽に書けた分、妙な爽快さはある。不思議なものだ。

(ウルトラマラソン準備完了まであと2867km)


23:33:47 | tonbi | |

19 June

『「問い」から始まる仏教』を読む

『『問い」から始まる仏教』という本を読んだ。曹洞宗の僧侶である南直哉さんが書いた本である。「ありがたい仏さまのはなし」とか「お葬式の常識」とか「日本仏教宗派別解説」といった類いの本ではない。仏教がほんらい問題にしているのはどういうことか、その問題に対してどのようにすればよいのかを深く掘り下げ、専門用語を使わずに分かりやすく説いている。僕の仏教に対する考えとかなり近いものだ。だからと言うわけではないが、仏教に興味がある人にはお勧めの一冊である。

南さんはまず、仏教(あるいは宗教)が問題にしなければならないのは、「根源的な問い」であると言う。「根源的な問い」とは「自己への問い」である。「自己への問い」とは、「自分はいったい何者なのか」とか「生きる意味は何か」といった問いである。

「自己への問い」は若者の特権のように思われがちだが、これは「ごく幼い頃から、誰もが感じている」ことであり「回帰してくる」ものである。ただ、そのような問いを隠蔽するように、この社会は出来ている。

『通常は親の「愛情」の過程で隠蔽される。この問いは実はあまりに根本的で、誰にも即席で答えられないのだ。最初は親、さらには学校をはじめ他の大人が、社会の道徳や規範を教育によって子供に植え込む。――よい学校、よい会社、よい生活が幸せをもたらす――と。そのことで、この問いを子供に忘れさせるのだ。』(引用)

平たく言えば、私たちが一生懸命やっているのは「自己への問い」に直面しなくてよいようなシステムを作り上げることである。僕の言葉にすれば、自分が意識的にコントロールできる〈関わりの世界〉を盤石なものにしようと努力することである。

しかしそれは無理な話だと南さんは言う。自己への問いは「回帰してくる」ものだと。僕も無理だと思う。問いはさまざまな顔をして、私たちを追いかけたり待ち伏せしたりするものだ。

南さんは「自己への問い」が回帰する契機を〈非己〉という言葉を使って説明する。〈非己〉とは『「自己の存在根拠」となる、自己に非ざる何か、原理的に理解不能の何か』のことである。つまり自分では決して理解できないものでありながら、自分のありように決定的に影響を及ぼすものである。僕の言葉にすれば、自分を超えた〈繋がり〉である。

〈非己〉も〈繋がり〉も自分では捉えられないものである。にもかかわらず自分のありように決定的に影響を及ぼす。影響を及ぼされた時、当然、それまで盤石であった自分は揺さぶりをかけられる。そして「自己への問い」が動き出すことになる。その意味では、「自己への問い」は私たちが選択できる問題ではない。問いの方がやってきて「答えたらどうですか」と尋ねてくるのだ。問いが〈主〉で私たちが〈随〉なのである。

本来的に私たちは受け身である。私たちは自分の意志とは関係なくこの世に生まれてきたのだ。そして次から次へと現れる「問い」に答えていくことが求められる。答えるときに求められるのが主体性であり、当事者性である。

南さんは、〈非己〉と向かい合って〈自己〉を作り直すことが、「自己への問い」と向かい合うことであり、そこに〈坐禅〉という具体的な方法を提示する。僕の考えでは、自分に観えていないもの聴こえていないものを観ようとしながら、〈関わり〉と〈繋がり〉の世界を自分という場所で結びつけることである。

私たちは受け身の存在であり、つねに「問い」に答えを求められている。当事者として問いに向かい合うときに活路が見いだせる。この世界はそのようになっている。どういうわけだかそうなっている。仏教は世界をこのようなものと捉えている。個人的にはそのように考えている。

問いの聞き取り方、当事者としてのあり方が、宗派の違いになるのだろう。ただ、いずれも構造は同じである。だとすればもう一歩、解体することができるかもしれない。この構造を理解した上で、誰もが自分なりのやり方で「問いを生きる」のである。

誰もが等しく「問いを生き」ながら、何一つとして同じやり方は存在しない。それぞれの人がその時、その場所でつねに「問いを生きて」いる。つねにそうだから、回帰もしてこないし、追いかけられもしないし、待ち伏せもされない。揺さぶられる盤石な自分などというものもない。揺さぶられる自分がなければ、惑うこともない。
(ウルトラマラソン準備完了まであと2882km)




11:59:44 | tonbi | |

16 June

すみれいろした夕暮


どういうわけか、6月の日暮れ前の時間には昔から心を揺らされる。梅雨の季節だが雨は降っていない。午後7時くらいになっても空にはまだ明るさが残っている。薄闇の中、白い雲が浮かんでいる。街灯の白い光がついてはいるが、その光がなくても道の遠くまで見通すことができる。でも向こうから歩いてくる人の顔ははっきり見えない。街の活気も少しずつ和らいで、人通りも少なくなってくる。まるで明け方のようだ。一瞬、自分がどこにいるのか分からなくなる。一瞬、今がいつなのか分からなくなる。想像された過去の夢の中の街に自分がいるような気がする。

こういう時をどう表現すればよいのだろう。どう伝えればよいのだろう。そんなことをずっと、漠然と思っていた。そうしたらたまたま茨木のり子の『六月』という詩にぴったりの言葉を見つけた。「すみれいろした夕暮」。そう言われればその通りである。

「夕暮」という言葉から無意識的に連想するのは、秋の夕焼けを思わせるあのオレンジ色の空である。そしてそれは夜のちょっと手前の時間である。夜の手前という時間を残し、オレンジ色ではない6月の夕方を表すなら、実際の空の色「すみれいろ」を夕暮の前につけてしまえばよい。で「すみれいろした夕暮」となる。見事なものである。

すみれいろした夕暮に街灯はいらない
ずっとずっと遠くまで見通せるから
むこうから歩いてくるのはあなた
見えない顔は目をつぶればはっきりと思い出せる
そっと目をあけ小さな声でうたう
夕暮のかすかなひかり
街灯のよわいあかり
足もとの消え入れそうな影と
歌いながら夢の街をさまよう
六月のすみれいろした夕暮

さてさて、昨日、今日とで38km走った。週末から、あまり体調がよくない。体がとてつもなく重い。それでも2日で38km走れるようになったのだからそれなりの進歩である。今日は家仕事だったので、昼休みを長めにとって1時間半ばかり土手を走る。

青空、白い雲、白いアスファルト、夏を先取りである。昼の太陽が頭上から照りつける。足下には小さく濃い影が踊る。心地よくも、重い体に半分うんざりしながら走る。今日でちょうど今月100km。目標まであと2900km。もう30分の1終わったのかとあっけない気もするし、あと29回も同じことを繰り返すのかとうんざりもする。

何より3000kmという準備でウルトラマラソンが走りきれるのだろうか。確信が持てない。根本的に考え直したほうがよいのではないか。走りながら迷いが出てくる。白いアスファルトに目を落としゆっくり走る。まあ、いけるところまで計画通りに行くしかないのだろう。やることをきちんとやっておけば、必要なことは向こうからやって来る。

楽なことであれ、きついことであれ、必要なことはいつだってきちんと向こうからやって来る。走り続ければ必ず給水所がやって来るように、その先には必ずゴールがあるように。余計なことは考えずに走り続ければよいのだ。汗が流れてくる。アスファルトは相変わらず白い。遠くで鉄橋をわたる電車の音がする。風に揺れる木々の音がする。鳥達がないている。木々の名前も、鳥の名前も知らないことにがく然とする。がく然としながら走る。(ウルトラマラソン準備完了まであと2900km)



23:17:06 | tonbi | |