Archive for February 2009

27 February

イメージという言葉の危険さ


忙しくて、まとまった書く時間が取れない。またもや断片的な雑記になる。

24日の火曜日。朝から晩まで仕事。夜9時以降は軽く1杯飲みながらの話しなので、厳密には仕事とは言えない。帰宅は午前1時すぎ、終電の1本前の電車だ。早くも睡眠不足の予兆である。この日、仕事で何度も話しをすることになったのは「イメージという言葉の危険さ」である。

25日の水曜日。午前中は自宅で仕事。午後から渋谷で仕事。そのまま田町で別件の仕事。11時過ぎに帰宅。渋谷では社員の教育や仕事整理やミーティングを主導したりする。2時すぎに眠る。この日を別の日から切り取りるために何か1つ出来事を書くとすれば「理を尽くし、情で説得する」ということである。

26日の木曜日。朝から仕事、そのまま夜は合気道の稽古。夜、冷たい雨が降り始める。雪になりそうだ。この日の特筆すべき出来事としては、「その人はなぜそのようにあるのか」である。

まずは「イメージという言葉の危険さ」について。

「イメージ」という言葉をよく耳にする。「イメージはつかんだ?」とか「イメージは伝わった?」などというやり取りをよく耳にする。こういう言葉を耳にするたびに、「危険だな」と思う。理由は簡単である。人は「わかりたい」という抜き差しがたい欲求を持つからである。

たとえば、私たちが日常的に行っている会話について考えてみる。日常の会話で数多くの誤解が生じることは誰もが経験しているだろう。しかし話しをするときに、あえて誤解しようとしながら話しを聴く人はいるだろうか。おそらく誰もが話しを理解しよう、わかろうと思いながら聴いているはずである。分かろうとしながら、多くの誤解が生じる。

それは、「わかる」ということが必ずしも対象の正確な理解を意味しないからである。端的に言って「わかる」というのは、自分にとって収まりがつくということである。自分と対象との間に納得のいく距離をとることであり、自分の文脈に対象を収めとることである。自分にとってそれが何であるか納得することが「わかる」ということである。

「犬と猫を思い浮かべてください」と言ったとする。聴いた人はそれぞれ頭の中に犬と猫の姿を思い浮かべるだろう。そこにレトリバーと柴犬とチワワと三毛猫と黒猫が合わせて10匹くらい写っている写真を「犬と猫です」と言いながら提示したとする。提示された人は、確かに犬と猫だと納得するだろう。しかしよく考えてみれば、自分が思い浮かべた映像と写真の間にはかなりの違いがあるはずである。

あるいは10人の人に「父親の顔を思い浮かべてください」と言ったとする。ほとんどの人が自分の父親の顔を思う浮かべるのではないだろうか。誰もが同じく父親の姿を思い浮かべている。しかし誰一人として同じ映像を思い浮かべていない。「みなさん父親の顔を思い浮かべましたね」と尋ねれば、皆がそろって「イエス」と言うだろう。

イメージを伝えることの危険さはこの辺りにある。何らかのイメージを伝えるとき、多くは「言葉」で伝える。そして「言葉」が共有されたときに「イメージ」が伝わったと感じる。言葉の共有とは、それぞれが自分なりの像を作り上げたときである。父親という「言葉」を共有することは、それぞれ父親の「像」を結ぶことである。それが「イメージ」を共有することである。

兄弟姉妹でもない限り、父親の像が一致することは無いだろう。現実に同じ父親を見ているのだから「像」が一致するのは当然である。そして現実に同じ父親を見ている兄弟の間では「父親のイメージを相手に伝える」という必要はない。イメージを伝えるというのは、それを見たことのない相手に、その像を伝えようとすることなのだから。

つまりイメージが伝わったか否かは、言葉が共有できたことで判断できるものではない。イメージの共有の確認は、具体的な映像の確認、それも出来る限りディティールの確認によって可能になる。「犬は何匹ですか?猫は何匹ですか?犬の種類は何ですか?猫の種類は何ですか?おとなの犬ですか?仔猫ですか?」などなど。ディティールを1つ1つ具体的に確認することによってお互いにイメージを共有することができる。

イメージの共有においては、何が伝わっているかより、何が伝わっていないかに注意を向けることが必要だ。つまり自分を疑う心性が重要である。自分は何かを見落としているのではないか。自分はわかっていないのではないか、と。しかし最初に書いたように、人間はわかろうと思いながら話しを聴くという習性を持っている。

わかろうと思いながら話しを聴くと同時に、わかっていないのではないかと思いながら話しを聴く。こういう相反することを同時に行うことが「イメージ」を伝えるときには必要だ。そんな話しを仕事でした。

時間切れである。水曜日の「理を尽くし、情で説得する」と、木曜日の「その人はなぜそのようにあるのか」は、機会があれば回を改めて書くことにしよう。



22:08:13 | tonbi | |

23 February

最初の子どもを産んだのは誰だ?

「誰でもみんな最初は子どもでしょ。じゃあ、その最初の子どもを誰が産んだのかがむずかしいんだよ」。4歳の次男がここ数日問い掛けてくる言葉だ。この問いに対してサルが進化して人間になったなどと進化論を説いてみても仕方がない。そういう問いではないのだ。存在の始まりについて尋ねているのである。「時間の始まりの前には何があったの?」「僕はどこから来たの?」「宇宙の外側には何があるの?」。このように言い換えても問いの本質は変わらない。

仏教的には「不生不滅」とか「無始無終」という言葉が一応の答えということになろう。しかしそう言われて「なるほど」と得心がいくこともそうあるまい。本当に気になるのであれば、何年かけても考えるだろう。とりあえず「そいつは難しい問題だよ」と答えておく。(ということにして、ブログにも書かない)。

20日の金曜日。4歳の次男の保育園に『大きくなった子どもの会』を見に行く。学芸会、文化祭のたぐいである。次男の3歳児クラスは劇を披露。夏の妖精を演じていた。いつものように液晶の画面をのぞき込む親が多かった。そして手がふさがっているので拍手が少なかった。ちょっと気になったのは、保育園がプロデューサー、子どもたちが役者、親達が視聴者というような図式を、誰もが無意識のうちに持っているのではないかと感じられた点だ。夜にはランニングを兼ねて、ボクシングの練習につき合う。

21日の土曜日。午前中は子どもの勉強を少し見る。最低でも週に2時間くらいはつき合いたいものだ。他人との競争に勝つことではなく、何かを学ぶことが楽しいことだとうまく伝えなければならない。午後は『ゼルダの伝説』で一緒に遊ぶ。8歳の長男は争いごとが苦手で、『ゼルダ』でも戦いのシーンはまるでダメ。村や森の中で牧歌的に過ごしているのが楽しいらしい。『ゼルダ』で『ぼくのなつやすみ』をやっているようなものである。夕方、23kmランニングをする。寒さも厳しく、体力をかなり奪われる。夜は子どもと遊び、早めに寝る。

22日の日曜日。前夜、早く寝た割には9時すぎまで眠っていた。ランニングの疲れがたまっていたのだろう。寒さを避けて昼過ぎにはランニングに出かける。暖かいので少しは楽に走れる。そのぶん距離を伸ばし27km走る。2日間で50km。右の大臀筋がケガ寸前まで痛んでくる。夜は子どもと遊ぶ。図書館で借りた『にぐるまひいて』という絵本を読む。人が大きなサークルの中で生きていることを感じさせてくれるとてもよい絵本である。

そして本日、23日の月曜日。朝から冷たい雨が降る。次男を保育園まで車で送る。月曜日は何もなければ家で仕事。社員教育のプログラムや研修内容について考えたり、準備をする。今ひとつまとまらない。こういう時、自分がもう1人いて、相談相手になってくれるとよいと思う。煮詰まったところで『一遍上人語録』を読む。近ごろ、ぱらぱらとめくっている。15年ぶりくらいである。一遍を考える上で一番重要なのは「名号」だろう。「名号」が法身で「阿弥陀仏」が報身という枠組みを中心に、「捨てる」ということを具体的に考えていけば上手くいきそうな感じがする。夕方、雨が止んだので土手まで14kmのランニング。3日間で64km。サロマ湖ウルトラマラソンのホームページを見たら、大会まであと125日とあった。もう一頑張りだ。
22:42:12 | tonbi | |

22 February

親の問いを生きる

仕事柄、親子の間に入って調整を取らねばならないということが多い。子どもがわけのわからないことをする。引きこもって学校に行かない。僕に仕事を頼むのは親のほうである。だから大抵は子どもに問題があることを訴えてくる。「どうにかなりませんか」と。「なるほどそうですか」そう答えてはいるが、その「なるほど」は完全なる同意署名のなるほどではない。「なるほど、あなたの目には子どもはそのように見えているのですね。なるほど、そのことはよく理解できました」。そういう意味での「なるほど」である。

われわれの大きな誤解の1つは、世界は自分が見ているように存在すると思い込んでいることだ。私が見ている世界がこのようにあるのは、世界が見たままにあるからではない。私の見方がこのようであるから、世界もこのようにあるのだ。世界は私から切り離され、堅固な単一のありようで存在しているのではない。世界は私との関わり方によってさまざまな相を現すのである。仏教的には「三界唯心」と言ってもよいし「万法唯識」と言ってもよい。

親からすれば子どもに問題がある、これは嘘ではない。だからといってその子は誰に対しても「問題のある子ども」という訳ではない。僕にとっては会うまでは未知の存在である。その中で唯一の情報が「親にとっては問題がある子ども」ということだけである。この場合、僕が想像力を働かせねばならないのは「この親は、どのような場合にどのようなことを問題と考えるか」ということである。

実際、子どもと会っていろいろ話しをすることは、子どもの理解と同時に親の理解に繋がる。子どもと話していれば、子どもにとって親がどのように見ているのかがわかってくるからだ。当然のように、子どもも親がどのような人間であるのかを話してくれる。ここでも「なるほど」ということになる。

両者は見事にすれ違っている。もちろん僕はそのすれ違いを指摘したりしない。人間のすれ違いはその事実を指摘すれば何とかなるというほど簡単なものではない。商品のスペックを説明するのとは少し趣が違うのだ。何をするかというと、両方の話を聞くだけである。聞きながら、相手の話しは受け入れるが、話しの内容には同意しないという状態をできる限り維持するのである。安心して話しをできる関係を持ちながら、同意しないことによって相手に再考のきっかけを提示するのである。

職業的八方美人である。結局のところ、このどこまで八方美人ができるかが自分の力量になってくるわけである。八方美人が成り立たなくなったときに信用が失墜する。不思議なもので信用の失墜を恐れて、嫌われないように守りに入ったときに関係が上手くいかなくなる。八方美人を目指しながら、相手に決して好かれようとしてはならない。これが根本原則である。(現実的な要素が絡んでくるとこの根本原則が見えにくくなるんだな、これが)。

ところで、こういう仕事をしていると「子どもというのは親の基準で生きているのだなあ」とつくづく思わされる。親は子どもを育てるときに、自分がよいと思うことを子どもに教える。自分がよいと思うこと、基本的には自分が何とか生きてくることができた自分の生き方である。もちろんその過程には多くの失敗があっただろう。しかしその失敗は反省されている。反省が含まれることによって、自分の生き方は失敗も含めて正しいものとして子どもに教えられることになる。

もちろん、その親の生き方が万人にとっての真理であるということはまずない。たまたまある条件下に生まれた人間にとってとりあえず機能した生き方に過ぎない。子どもは親の生き方をある時は言葉によって教えられる。またある時は親の態度を見て自らのものとして吸収することになる。そして場合によっては親の価値観を疑うことなくそのまま自分のものとして生きることになる。まさに親の基準で生きていることになる。

しかし子どもが親の生き方に反発して生きるという場合もある。この場合、子どもは親とは別の基準で生きているようにいっけん見える。しかしよく考えてみれば、子どもは親の基準に反発するという形で、自分の基準を形成している。親が家庭を大事にしない人だったので、自分は家庭をいつも第一に考える、とか。話しとしては悪くないが、親の生き方を基準にしているという点では、やはり親の基準で生きているのである。

厄介なのは、親の生き方のうちに何らかの問題点が構造的に埋め込まれていることである。親自身は自分がよいと思ってやっているのだが、そこには自分でも気づかないような決定的な問題がある。何故だかわからないけど、いつの間にか自分が同じ形で陥ってしまう失敗とか不幸とかがこれに当たる。一歩ひいて見れば、人生というものはそういう失敗や不幸との戦いであるとも言える。でも何とか乗り越える。乗り越えているから自分の生き方を消極的にでも肯定できる。親が子どもに自分の生き方を伝えるというのは、親自身の問題、構造的な失敗、不幸を子どもに伝授することでもある。

さらに厄介なのは、親自身がその親から生き方を伝えられていることである。もちろんそこでも親の親は自分がよいと思っていることを子どもに伝え、それによって問題や構造的な失敗、そして不幸を伝授しているのである。代々、代々、積み重なっていく。時おり、この問題を上手に次世代にパスできずに、正面から向かい合わねばならないと感じる人が出てくる。どちらかというと無視できない貧乏くじというところである。

貧乏くじだと分かっているが、それを引くのが自分の役目だと分かってしまう。いや正確に言えば、自分が引くのではない。くじの方がこちらを射止めてくるのである。こちらを捕まえに来るのである。捕まったときにそれが自分の役目だと思える人間は良いのだが、なぜ捕まったのか分からないような場合はとても辛いことになる。一生を台無しにすることもある。なにせ代々続いてる問題の解決を求められているのである。世が世なら呪いと言われるかもしれない。

親の生き方を基準に生きるということは、親の問いを生きるということである。その意味では、誰もが多かれ少なかれ親の問いを生きていることになる。程度の差こそあれ、誰もが少しは呪われているのかもしれない。親の問いを生きる子どもと話しをするということは、その呪いを解く手伝いをしていることになるのかもしれない。しかしその一方で、自分の子どもには「ああだ、こうだ」と言って、プチ呪いを再生産している。大いなる矛盾である。



22:19:19 | tonbi | |

20 February

「問い」を自分のものにする

朝起きて、仕事に行く。駅までの道、1日の仕事を考えながら歩く。電車に乗り本を読む。駅から仕事先まで考えながら歩く。夜まで仕事をする。駅までの道、1日の出来事を振り返る。本を読みながら電車に乗る。駅から家まで考えながら歩く。家につき、一息つく。そして、1度も空を見なかったことに、ふと気づく。

『「空を見る」というのは、とてもいいものです。あれこれの思いとか気分とかがストンと脱落して、ああ本来はこうだったのだということを明らかに思い出すことができます。』池田晶子の言葉だ。1日忙しくいろいろな仕事をしたが大切なことをやり残した気がした。火曜日はそんな日だった。

夜の電車。目の前に酔っ払いが立った時ほどスリリングなものはない。右手と左手につり革をつかみ、半分ぶら下がるように立つ。(まいったなあ)。電車の揺れに合わせて体も揺れる。(読んでいる本に集中できなくなる)。時おり、がくんと膝を落とす。(おいおいやめてくれよ)。目をつぶり、小声でむにゃむにゃと何かを言っている。(文字を目で追っているだけ。内容はぜんぜん入ってこない。それでも耐える)。「ひゃっっ、ひゃっっ」突然、しゃっくりのようなものを始める。(だめだ負けだ。席を立つ)。水曜日はそんな日だった。

合気道の昇級審査が4月12日にある。4級を受けることになる。最初に取るのが5級だから、下から2つめの級になる。とはいえ実質的には初めての昇級審査だ。5級は去年の晩秋に演武会に参加したら自然に手に入ったものだからだ。早いもので合気道を始めて9ヶ月である。9ヶ月といえばそこそこの月日に感じるが、稽古の回数で言ったら多くても35回程度である。時間にすれば55時間程度だろう。

ランニングならば55時間は2ヶ月程度で走る。どうりで合気道がなかなか上達しないわけだ。とはいえ昇級審査はやってくる。ちょっと危機感が出てきたので、この2週間くらい夜な夜な審査の技を1人で考えたり、体を動かしたりしている。ところが昨日の稽古では、いちばん時間をかけて練習した技を「そういう技じゃないよ」と直された。練習した分、はっきりと間違えたのだろう。大外しである。

この話しを一般化させ、教訓めいたものを抜き出すとこうなる。知識も経験ない段階の人間に自由に考えさせてはいけない、と。「子どもがやりたいことをやらせる」とか「この仕事はとりあえず自分で考えてやってみなさい」という言葉をよく耳にする。個性の尊重とか自己責任などの言葉が背景にあるのだろう。

でもこういうのはあまり上手くいかない。基本的なテクニックすらない人間に即興演奏を求めても、まともな音楽にならないのと同じだ。まずはやって見せることが大切だ。そしてまねをさせる。「学ぶ」という言葉は「まねぶ」であり、「まねぶ」とは「まねをすること」である。「まね」をさせることが大切だ。そう考えたとき、問いは自分に向かってくることになる。「私は子どもや部下が『まね』できるような人間なのだろうか?」と。

「問い」が自分のものになる。これをやっかい事を背負い込むと考えてはいけない。反対である。他人を変えるのは大変だが、自分が変わることは簡単である。自分が変われば良いのだから。(自分が変わるのが困難だと思うのであれば、他人に変わることを求めるのは筋違いとなる)。「問い」も同じだ。「問い」が他人にあると考えているうちはなかなか解決に向かわない。他人の「問い」だから手を出せないのである。「問い」を自分のものにしてしまえば、いかようにもアプローチができる。おまけにその経験は自分を鍛えてくれる。

合気道の稽古では、まず師範が技をやって見せる。それからそれぞれが稽古を始める。結局のところ、師範の動きを「まね」ようとしているのだ。「まね」をするためには手本をよく見ていなければならない。よく見ないで妄想力を最大限に使ったというのが今回の大外しの原因だろう。しっかり覚えて帰ろう、そう強く思いながら、稽古後に飲みに行く。稽古後のビールはかなり、かなり、かなり旨い。その旨さにほろ酔い気分となり、覚えた技をどこかに落としてきた。来週も間違うのだろう。木曜日はそんな日だった。



18:15:24 | tonbi | |

18 February

強迫的な価値

先日、『村上朝日堂はいかにして鍛えられたか』をぱらばらと読んでいたら、後書きに次のようなことが書いてあった。「僕は週刊誌にエッセイを連載するようなときには、いつ何があるかわからないので、いつも四、五回ぶんは余分に書きためて、引き出しの中に非常用にストックしています」。

う〜ん。村上春樹というのはすごい人である。思わず感心してしまう。僕もフルマラソンを走るようになってからは、計画的にランニングを出来るようになってきたが、まだまだである。ちかごろはブログを書くのにも波がある。自分ももう少し計画的にものごとを進められるようにしなければならない。という訳で、月曜日と金曜日には足りない頭をひねって書いた長めの文章をアップすることを目標にしよう。それ以外の日には、だらだらと好きなことを書くことにする。

何回か前のブログで、僕と奥さんでは片づけや掃除に対する感覚が違うと書いた。僕は大枠から片づけや掃除をし、上手く整理のつかないものは引き出しなどに詰め込むことにしている。彼女は引き出しや棚などはきちんと整理するが、大枠はそのままになっていたりする。どちらも自分が普通にできるものを当然のこととし、相手ができていない部分は欠点だと思っていた。しかしそれは強迫的な価値をどこに置いているかの違いに過ぎない。

精神科医の中井久夫によれば、エチオピアの宮廷の女官たちは、フォークやナイフをテーブルに直角や平行に並べることができないそうだ。もちろんこれは知能や酸素不足とは無関係の話しである。たんにそのようにことに強迫的な価値を持っていないだけのことである。

一方、最も強迫性の高い文化の1つがヴェトナムの平地民の文化である。彼らは戦車が進攻できなくするための道路破壊をする際には、タイヤの刻み目のような形に道路をでこぼこにする。そうすれば、戦車は前進できないが、自転車なら溝に沿って進むことができるからである。

食器を直角や平行に置けないと聞くと「うそだろう」と思ってしまうし、タイヤの刻み目の道路破壊と聞くと「いくらなんでもそれはやり過ぎだ」と感じてしまう。おそらく、その中間辺りに自分の強迫は存在するのだろう。

エチオピアの女官とヴェトナムの平地眠では、強迫的な価値の置き場がかなり異なっている。しかし考えてみれば、結婚生活というのはエティオピアの女官とヴェトナム平地民が共同生活をするようなものなのかもしれない。掃除の仕方から、洋服のたたみ方、そして夕食時のおかずの数。生活を共にすることで自分が当たり前だと思っていたことが、いかに個人的なものであったかを思い知らされる。共同生活を上手くやるには、お互いの強迫に優劣をつけてはいけない。お互いの強迫をすり合わせて落とし所を見つけることが必要なのだろう。


00:26:46 | tonbi | |