Archive for June 2009

27 June

あと24時間

 僕たちはビールの空缶を全部海に向かって放り投げてしまうと、堤防にもたれ頭の上からダッフル・コートをかぶって一時間ばかり眠った。目が覚めた時、一種異様なばかりの生命力が僕の体中にみなぎっていた。不思議な気分だった。
 「100キロだって走れる」と僕は鼠に言った。
 「俺もさ。」と鼠は言った。

村上春樹『風の歌を聴け』の冒頭の僕と鼠が知り合うシーンだ。20年以上も前に初めて読んだとき、「100キロなんて走れるものか」と思った。
その100キロを走ろうとしている。

 牛飼いダニヤがいった、
「わたしはもう飯を炊き、乳を搾ってしまった。マヒー河のほとりに、わたしは(妻子と)ともに住んでいます。わが小屋の屋根は葺かれ、火は点されている。神よ、もしも雨を降らそうと望むなら、雨を降らせよ。」
 師は答えた、
「わたくしは怒ることなく、心の頑迷さを離れている。マヒー河のほとりに一夜の宿りをなす。わが小屋(すなわち自身)はあばかれ、(欲情)の火は消えた。神よ、もしも雨を降らそうと望むなら、雨を降らせよ。」

『ブッダのことば』(中村元訳、岩波文庫)の一部である。走りながらこの言葉を転がしていたら、こんなフレーズが浮かんできた。以来、折りに触れて走りながら思い出している。

 ランナー野口はいった、
「わたしは十分な距離を走り込み、休養も取れている。サロマ湖のほとりで人々とスタートを待っている。集中力も高まり、ストレッチも済ませた。神よ、もしもウルトラマラソンをスタートさせようと望むなら、いつでもスタートさせよ。」

明朝、5時に(あと24時間後だ)ウルトラマラソンはスタートする。

今年の3月ごろ、ランナーとして自分のレベルが1つ上がったと実感したことがあった。その時、自分はサロマ湖ウルトラマラソンにチャレンジする資格を手に入れたと確信した。(完走できる気がしたわけではない。あくまで参加する資格を手に入れたということだ)。その時、ある言葉がやってきた。こういうものだ。

「自分はサロマ湖100キロで命を奪われることはないだろう。でも自分は命を持っていかれても構わない覚悟で100キロを走ることが出来る」

自分の持てるすべてを一点に集中する。命がけというのは簡単に命を投げ出すことではない。右足を出し、次に左足を出す。ただそれだけのことにすべてを注ぎ込めることだ。

じゃあ、ちょっと走ってきます。

04:51:02 | tonbi | |

24 June

日常性を大きく逸脱してはいるが、基本的には人の道に反していない行為

サロマ湖100kmまであと4日。一昨日よりコンディションはよくなっているが、まだまだ完全という訳ではない。少しずつ、少しずつ、箒で力を集めているところだ。今さら走り込んでも仕方がなかろうということで、基本的には体を休める方向で調整している。朝起きて、まずストレッチをする。自分が走っている姿をイメージしながら。

仕事に向かう電車の中で、パンフレットを読んだりコース図を眺めたりする。5kmごとの給食の内容を確認したり(55kmで元気におにぎりを食べている姿を想像する。とてもおいしくてにんまりしてしまう)、後半の10kmごとの制限時間を頭にたたき込んだり(ポイントは80kmで10時間という制限だ、ここを越えれば残り3時数で20km。ケガさえなければなんとかなる)、そんなことを繰り返す。

あるいは高低差の書いてあるコース図をじっと眺めながらレースを想像する。地図というのはすごいものだ。サロマ湖をぐるりと回る100kmのコースがわずか15センチ四方に収まってしまう。地図上では5センチも進めば10kmだ。スケールが違いすぎてうまく想像できない。でも、ものすごく大変そうだということだけはひしひしと伝わってくる。コース最大の難所は50〜60kmの間だ。この10kmの間に40mほどの上り下りが2度ほどある。ここを焦らずに走れるかが1つのポイントだろう。意識的にペースを落とさないと後半に悪影響が出ることは確実だ。しかしペースを落とせばタイムも落ちて、途中の制限時間が気になる。ペースを上げたくなるに違いない。

そういうことを想像していると、自分が電車に乗っていることを忘れたりする。実際にレースを走っているような気持ちになる。緊張感と疲労感をちょっとだけ感じる。きっと電車の中で険しい表情をしていることだろう。でもこういう作業が集中していくということなのだろう。そうやって少しずつ、コンディションを整えていく。

あと村上春樹の『走ることについて語るときに僕の語ること』を読み直した。フルマラソンを走る前などにもぱらぱらと見直すのだが、今回は頭から全部読んだ。この本の中には、サロマ湖100kmについて書いてある文章がある。村上春樹は1996年にサロマ湖ウルトラマラソンを完走している。タイムは11時間42分。立派なものである。

村上春樹はウルトラマラソンについて「日常性を大きく逸脱してはいるが、基本的には人の道に反していない行為」と書いている。そしてそのような「行為の常として、おそらくある種とくべつな認識を、あなたの意識にもたらすことになる。自己に対するあなたの観照に、いくつかの新しい要素を付け加えることになる。その結果としてあなたの人生の光景は、その色合いや形状を変容させていくことになるかもしれない。多かれ少なかれ、良かれ悪しかれ」とある。

「日常性を大きく逸脱してはいるが、基本的には人の道に反していない行為」とはうまい言い方である。よく考えると(というか考えるまでもなく)、僕はそういう行為にふらふらと引き寄せられてばかりいる。キャンプ場でランタンに集まる虫のように、夏の夜にコンビニに吸い込まれていく都市住民のように。そして気がつくと自分でも思ってもいなかったようなところにいたりする。村上春樹的な言い方をすれば「傾向性」ということになるのだろう。それでも「日常性の中にいるが、人の道に反している行為」よりは100倍も良いのではないかと思っている。

「日常性を逸脱しているが、人の道に反しない行為」は、人生の光景を変えてしまう。これは村上春樹の「良い小説の定義」と根本的には同じである。良い小説とはそれを読む前と読んだ後では何かが変わってしまうものである。ある行為をする。するとその前と後では、自分自身も世界も(つまり、すべてが)少し変わってしまう。

そう言えば、フルマラソンを初めて走った後、何人かの知り合いから「変わったね」と言われた。正直、自分では変わったのか、変わっていないのかよく分からなかった。ただ、あれがなければ、今回のサロマ湖100kmもなかったことは確かだ。そう考えると、知り合いの言葉とは別の意味で、自分も世界も大きく変わってしまったことになる。うん、確かにすごく変わった。(書きながら、ちょっと本気でびっくりしている)。100km走りきったらどんなことが起こるのだろう。走る前と後では自分や世界はどのように変わるのだろう。楽しみである。

書くことで、少しずつ集中していくのを実感する。あと4日、あと4日だ。

22:34:14 | tonbi | |

22 June

物事は振り出しに戻ったようである

さてさて、サロマ湖100kmまであと6日。前回ブログを書いてからほぼ1週間、あっという間である。そして1週間で物事は振り出しに戻ったようである。備忘のために振り返っておく。

16日(火)。朝から夜までばっちり仕事、家に帰った時には日付が変わっている。それでもつねにどこかでサロマ湖のことを考えている。というか自然にサロマ湖のことを思い浮かべているという方が正解だろう。気になる女の子の顔や、イヤな上司の顔や、もう戻れない過去の日々が自然と思い浮かぶように。

17日(水)。午前中に10kmほどランニングをする。軽く流しただけだが、タイムは55分程度。1kmを5分30秒で走ったことになる。おまけに気がついたら走り終わっていた。疲れもまったくない。悪くない。悪くないどころか、とても良い。長い距離を走れるようになるためには、距離や時間の感覚が変わってこなければならない。「ついさっき走り始めたばかりだ」という感覚をどれだけ長く維持できるかが大切だ。フルマラソンでは最低でも30kmはそういう走り方が出来ないと、タイムを云々することは出来ない。ウルトラマラソンでは、最低でも42.195kmまではそういう感覚で走れねばならないだろう。何せフルマラソンのゴール地点がウルトラマラソンのスタート地点である。
午後から仕事。帰宅は日付が変わってから。

18日(木)。朝から仕事。少しずつ、疲れがたまってくるのを感じる。肉体的にも精神的にも。それでもサロマ湖マラソンのことを考えるようにしている。集中力を高める、という言い方をするが、僕には高めるほどの集中力はまだない。文字通り、力を集中させている段階だ。合気道の稽古後に箒で道場を掃除するようなものだ。丁寧に、丁寧に、少しずつゴミや埃を真ん中に集めていく。勢いよくやろうとすれば、まわりに飛び散ってしまうし、窓から強い風が入ってくれば一瞬ですべてが吹き飛ばされてしまう。風が吹けば飛んでしまう埃やゴミのようなわずかな力を集めている、そんな段階である。

夜には合気道の稽古。本当は2時間の稽古だが、わざと遅刻して1時間だけの稽古にする。2時間、合気道に集中する力は残っていないからである。稽古が終わって、箒で道場を掃除する。そして何人かの人にウルトラマラソン頑張ってと声をかけられる。来週はレース直前なので合気道の稽古は休むからだ。

19日(金)。朝5時半に起き、道志の森キャンプ場まで車で行く。仕事先のリーダー養成キャンプ・野外編に参加するためだ。1泊2日のキャンプでリーダーとしての力を身に付けるというものだ。昨年の同時期に続き2度目である。朝9時には現地に到着し、テントを張ったり、火をおこしたりする。途中、少し時間があったので、竹を切って水鉄砲を作ったりする。子どもたちへのお土産である。夕食をとり、プレゼンテーションや質疑応答をする。真っ暗な森の中、ランタンに集まるたくさんの虫、川の流れる音、ふだんとは違う時空だ。夜中過ぎまで焚き火をする。

20日(土)。8時ごろまで寝ている。キャンプにしては寝坊だ。朝食を済ませ、撤収作業に入る。トカゲを見かける。追いかけて素手でつかまえるが、虫かごの隙間から逃げてしまう。水鉄砲と併せて子どもへのお土産にしようと思っていたのに残念だ。11時すぎに解散。早々に帰宅しランニングをするつもりだったが、どっと疲れがでる。いつの間にか眠ってしまう。地面の固さを感じるテントでの眠りで疲れを取ることは出来ない。

21日(日)。あたかも春一番が吹いたかのように、少しずつ箒で集めていた力が一気に吹き飛んでしまった。おそらくキャンプが原因である。肉体的にも精神的にもマラソンとまったく違う。その間、サロマ湖のことは思い浮かばなかった。何かが「ぷつん」と切れてしまったような気がする。やれやれ、一からやり直さねばならないようだ。こういう時は、とにかく走るに限る。体の方からスイッチを入れ、心の方を引っ張って行く。

しかし朝から雨が降っていて走れない。予定では長めの距離を走る最終日のはずだった。最終調整の予定まで狂ってしまった。物事は上手くいかないものだ。珍しくイライラしてくる。家族から話しかけられても応えに余裕がない。ウルトラマラソンに意識を集中しようとしているのに、どうして関係のないことを尋ねてくるのだという気になる。もちろん自分が間違っていることはよく分かっている。よく分かっているから、それほどひどいことにはならない。子どもが寝る時にはきちんと本を読んで1日を終える。

そして本日、22日(月)。昼休みを長めにとり、20km走る。途中、雨が降り出し、雨の中を走る。(やがてサロマ湖マラソンを振り返った時に、雨の日にもトレーニングをしたものだと懐かしく思える日が来るかもしれない)。予想通りひどいものである。精神にも張りがないし、体も重い。タイムは2時間15分、1週間前には1時間55分だった。20分も多くかかっている。おまけに前回の2倍くらい疲れている。時間がかかった上に疲れ方もひどい。今日のコンディションなら間違いなく途中で走れなくなるだろう。少なくとも途中の制限時間に引っかかってしまうだろう。

何が足りないのだろう。どこで間違ったのだろう。このままで大丈夫なのだろうか。そんなことを考えながら走る。汗と雨が混じり合い、顔を流れていく。迷っている。残り数日、走り込むべきか、体を休めるべきか。迷っているが、不思議と不安はない。迷っているということは、サロマ湖のことが頭から離れないということだ。自然とそのことを思い浮かべるということだ。力が集まってくるということだ。

もう一度やり直そう。しっかりと箒を握りしめ、埃やチリやジャンクなものを集められるだけ集め、風に吹き飛ばされないように大切にサロマ湖まで持って行き、その力をオホーツク海に解き放とう。
20:58:27 | tonbi | |

15 June

サロマ湖まで13日、北斎、若冲、一遍

サロマ湖100kmウルトラマラソンまであと13日。(何だかここのところランニングブログになっている)。今日も夕方、2時間かけて20kmほど土手を走る。昨日と同じペースで、昨日と同じように適度な疲れで、昨日と同じように頭のネジがいい感じで外れていく。今日はヤナーチェクでなく、ゆらゆら帝国を聞きながら走る。少しずつサロマ湖100kmに心が集まってきているようだ。走り出してしばらくすると、鳥肌が立ってきた。サロマ湖を走っているような錯覚に陥り、不安と期待で全身がいっぱいになる。ワクワクする。いずれにせよ、2日続けて20kmを走り、相応の筋肉疲労しかないというのは良いことだ。完全復調といえるだろう。

今日は家族で高島屋で開催されている美術展を見に行った。『日本の美と出会う 琳派・若冲・数寄の心』という展覧会だ。8歳と4歳の男児を連れて行ったので、あまり絵をきちんと見ることは出来ないだろうと予想していたが、まあそのとおりだった。とはいえ、長男はだんだんと美術館慣れをしてきたのか、思ったより静かに絵を見ている。おまけに陶芸作品や工芸品には興味があるらしく、自分から展示品の間を行ったり来たりしていた。(遊びでも、絵を描くより工作の方が好きな長男である)。

次男も回数を重ねればその内に慣れてくるだろう。子どものうちに美術館や博物館に慣れるのは良いことだ、個人的にはそう思っている。なにも芸術鑑賞力や博学的な知識を子どもに身に付けさせようというのではない。大きな声では言えないが、長男には美術館や博物館に行く度に「中学生や高校生になって学校がいやになったら、美術館や博物館に来るといいぞ。こういう場所ならいくらでも時間が潰せるし、不審がられて補導されることもないから」と言っている。自分にはそういう選択肢は思いつかなかった。おかげで幅の狭い人間になってしまった。子どもにはなるべく多くの選択肢を提示するのが大人の務めである。学校がイヤになったら、美術館や博物館に行くべし。

今回の展覧会は北斎の肉筆画を狙い撃ちで見に行った。「五美人図」と「夜鷹」の2点である。確か17年か18年前ごろに『葛飾北斎展』という大きな展覧会が開催された。まだ絵を見るということが自分でもピンと来ていなかったころだ。その時、印象に残った2点が「五美人図」と「夜鷹」だった。とくに「五美人図」を見たときには、自分なりの絵の見方を1つ手に入れた気がしたものだ。

背筋をしっかり伸ばした夜鷹。その頭上には柳の長い枝が垂直に落ちていて、夜鷹と柳を繋ぐ目に見えない垂直の線が、画面全体を貫いている。「五美人図」はタイトル通り五人の美女の絵だ。この絵の心地よさは、五人の女性を繋ぐしなやかなラインだ。ところがこのライン、直接は描かれていない。五人の女性の奥にある骨が1つのラインを作り出しているのだ。そして五人の女性は頂点を欠いた少し斜めの三角形を構成している。色使いも濃密でとても良い作品である。20年ぶりくらいに見たが、やはり良い絵であった。

もう1つ良かったのが、若冲の「にわとり」の絵である。確か若冲という人はにわとりを描こうと決めて、実際ににわとりを買ってきた人である。買ってきて自分の家の庭に放して、1年間ずーっと観察していたような人である。黒の墨の濃淡だけを使って描いたものだが、濃い黒で塗った部分が、つぶれないで、にわとりのふっくらとした厚みを現している。重ねるように描いた油絵ならわかるが、墨の濃淡だけでこういう厚みを出しているのはなかなかすごい。

とはいえ、絵についてはまだまだ分かっていない。抱一と其一の作品も見分けられないし、画家の名前を知らないような絵が半分以上ある。学校がイヤになった中高生と同じように、仕事がイヤになったら僕も美術館に脚をせっせと運ぶべきなのだろう。(でも企画展の料金は高い。せいぜい500円程度にして欲しい。常設展も200円くらいが良い。お金がないから美術館に行こうと言えるくらいの社会はとても豊かな社会だと思う。)

最後に一遍について。前に2回ほど一遍について書いた。仏教では基本的に所有を放棄しようとする。何かを所有することは、それに対して執着が生まれることであり、執着することによって人は苦を味わうのだから、何も所有しないようにしようということだ。一遍は「捨てる」ことを強調する。「捨てる」ということは所有しないことだ。ただ一遍のすごさは、「わが身命を捨てる」と言ってしまうことである。

私が所有している「物」を捨てるのではなく、物を所有しているところの「私」の「身命」を捨ててしまえというのだ。これは大胆な言葉だ。わが身命を捨てる、という言葉から一般的に思いつくのは、自分の存在の無化である。つまり「自死」である。お前なんかいなくなってしまえ、ということである。もちろん、一遍はそういうことを勧めているのではない。(実際には、一遍の死に際して入水自殺したような人たちがいたようだから、そういう誤解を受けやすい言葉ではある)。

わが身命を捨てても、その存在が無くなってしまうわけではない。その存在の仕方が変わってしまうのである。一遍の言葉から推察するに、わが身命を捨てたのちにそこに存在しているのは「名号」である。名号というのは「南無阿弥陀仏」である。わが身命を捨てるとそこに顕れるのは「南無阿弥陀仏」というのは、意味不明である。これを説明するとドツボにはまるのでやらない。(本当は出来ないのかもしれない)。一遍がなぜ「わが身命を捨てろ」というのかを簡単に書いておく。

非常にシンプルである。「ダメな人間のやることは全部ダメである。いくら良いことをしようと思っても、ダメな人間の考える良いことは所詮ダメなことである。だからダメな人間をどうにかするには、その基を絶たねばならない。わが身命を捨ててしまえ」。考え方からすればこういうことになる。わかりやすい。一応、証拠として『語録』から引用しておく。

『我が妄分の心よりおこす真実の心にはあらず。凡情を以て識量する法は、そうじて皆まことなし』
『凡情もて測量する法は真実なし』
『六識の凡情をもて、たとひ功徳を修し、観念を凝らすとも、能縁の心虚妄なれば、所縁の浄土もまたもて実体なし』
『生死というは妄念なり、妄執煩悩は実体なし。しかるをこの妄執顛倒の心を本として、善悪を分別する念想を以て、生死を離れんとすることいわれなしと、常に思うべし』

凡情、六識の凡情、妄執顛倒の心というのが、考えている私たちである。こういうのはすべてダメなのである。だから「わが身命」を捨ててしまえということになる。そして一遍においては、この「捨てる」か「捨てないか」の違いは、個人における「生」と「死」の違いよりも大きな意味を持つ。生から死への変化が何よりも重大なら、捨てたとしても死んでしまったら意味がない、という考えが成り立つ。しかし捨てることが何よりも重大なら、捨てることに比べたら生死の違いは大した意味を持たないことになる。

とてもシンプルだが、言葉だけで追いかけていくと、どこかで問題が出てきそうな考え方である。死ぬ間際に自らの書物をすべて焼いてしまった人である。残された言葉から一遍をどこまで云々できるのかは疑問である。書物から過去の人を批評したり評価するのは、基本的には「死人に口無し」だと思っている。わずかな言葉から一遍を評価するのではなく、その言葉を手掛かりに具体的な振る舞いを想像することの方が有意義だろう。見えていることがすべてだと思って評価するのではなく、見えていることから自分の見えていないことを想像するのだ。そういう姿勢は、現代の日常においても大切なことである。

23:23:18 | tonbi | |

14 June

あと14日

サロマ湖100kmまであと14日。後2週間後の今ごろにはすべてが終わっているはずだ。完走できるにしろ、リタイアするにしろ。今日は土手をランニング。1時間ほどのつもりが、結局2時間ちょっと走る。走り出したら思ったよりコンディションがよく、自然と体が前に進む。1km6分のペースでほぼ20km。1時間を過ぎた辺りで頭のネジが外れていく感じも、走りきった後のちょっとした疲労感もそれほど悪くない。何とか体調も戻ってきたようだ。

今日はiPodで音楽を聞きながら走った。ヤナーチェクの『シンフォニエッタ』。ジョージ・セル指揮、クリーヴランド管弦楽団の演奏だ。そう、村上春樹の新作『1Q84』で出てくる演奏だ。『1Q84』が爆発的に売れ、それに引きずられるようにCDもかなり売れているようだ。僕も先日、アマゾンで入手した。毎日のように聞いているが、これがなかなかよい。今日は2時間のランニングで5回も聞いた。でも頭のネジが外れてからはあまり入ってこない。頭の中は妄想だらけである。

妄想。走りながら、なるべく走ることについて考えるようにする。2週間後のサロマ湖100kmのこと、これまでに走ったレースのこと、図書館から借りてきた『ウルトラマラソンレースBOOK』のことなど。世の中には実にたくさんのレースがあるのだなあ。フルマラソンを走るようになって、その方面のことをちょっと調べ出して最初に思ったことだ。本の中ではトランスアメリカフットレースについての対談がのっていた。ロスアンゼルスからニューヨークの4700kmを64日間で走るというものだ。サロマ湖100kmの47倍の距離である。信じられないことをする人たちがいるものだ。

そうはいうものの、サロマ湖100kmを走るという話しをすると、かなりの人が驚く。脚で走るんですか、と確認してくる人もいる。まあそうかもしれない。僕だって10年前には人間が100km走るなんて考えたこともなかった。42.195kmだって特殊な人間が走るもので、自分には関係ないと思っていた。だからフルマラソンを走ろうと思った時も、一生に1度だけのつもりだった。フルマラソンを1度走れば、何か違ったものが見えてくるのではないか。そんな思いだった。5年前のことである。

初めて走ったフルマラソンのことを考えていると、サロマ湖100kmに対しての考えがちょっと間違っていたのではないかという気がしてきた。完走を目指して1年がかりで練習量を積み上げる。これは良い。7時間制限のフルマラソンならほとんど練習しなくても何とかなる人は結構いる。でも100kmのレースはその場の気合いだけで走りきれるものではない。計画的に練習を積み上げることが必要なはずだ。しかし今まで経験したことのないウルトラマラソンを計画通りにコントロールしようと思うのは考え違いのような気がしてきた。

初めてフルマラソンを走った時、練習量は月に100km〜150km程度だった。1度に走るのはせいぜい30分、わずか5kmだ(その頃は「わずか」とは思っていなかった)。レース前に走った練習の最長距離も15km。完走できる自信もなかったし、別に完走できなくてもよいと思っていた。今まで15kmしか走ったことがないのだから、それ以上の距離を走れば、それだけで今までの自分を超えたことになる。そう思えた。

15kmを越えてからは、1歩1歩が新記録だった。どこでリタイアしても新記録だと思えた。だから肉体的に苦しくなってきても、走っていることが楽しくてたまらなかった。ゴールを目指すことなく、でもゴールの方に向かって1歩1歩走っていたらゴールしてしまった。ものすごく感動した。自分がやったことに感動できるのは本当に幸せなことだ。42.195kmでこれだけ感動するのだから、100km走ったらものすごく感動するのだろうと思った。そしてすぐにサロマ湖100kmに挑戦することを決めた。

それから5年たち、初めてのサロマ湖100kmだ。一生に1度走れればそれでよいと思っている。あまりガツガツせずに初心に戻ってみよう。完璧とは言えないが、いままで取り組んだどんなことよりもきちんと準備はした。だからこそ、結果を求めることはやめよう。今までの最長ランニングは71kmだ。それを1歩でも越えたら新記録だ。いや、ウルトラマラソンに挑戦すること自体が初めてのことだ。それだけでも自分にとっては新たな記録であり、いずれ価値ある思い出になるだろう。ここまで苦労をしてトレーニングを積み上げ、安くはないお金をかけてわざわざサロマ湖まで行くのだ。少しでも長く楽しんで走るようにしよう。結果は天のみぞ知る、だ。

『シンフォニエッタ』が4回目の終わりに差しかかる。夕方の土手では雨がぱらつき始める。1時間半を越えてもペースは変わることなく心地よく走れている。夕方の5時前だ。2週間後の今ごろはどうしていることだろう。レースが始まってちょうど12時間。タイムリミットまでは残り1時間だ。こんな感じで走っていられればよいなと思う。『シンフォニエッタ』と雨に冷やされた南からの向かい風が心地よい。


20:46:57 | tonbi | |