Complete text -- "春の日のマラソン"

17 March

春の日のマラソン

一夜明けた。窓の外を見る。青空なのに富士山は見えない。春である。昨日も心地よい春の1日だった。そして、荒川市民マラソンである。

朝5時に起きる。木曜日の夜に引きかけた風邪が、わずかに残っている。とりあえず問題なさそうだが、もしかしたら後半に影響が出るかもしれない。安倍川餅をむしゃむしゃ食べながら、そんなことを考える。体重を量る。2kgほど増えている。風邪を押さえ込むために食べたので仕方がない。それでも、4kgの減量である。

ストレッチをしながら、ヘッドフォンで「ゆらゆら帝国」を大音量で聞く。細胞の1つ1つにやる気が満ちてくるのが感じられる。5kmごとの目標タイムを油性マジックで左腕に書き、何度も何度も頭の中にたたき込む。準備完了である。

自転車で土手沿いを上流に向かって走り、会場に到着する。何人かの知り合いと連絡を取ったり、挨拶をしたりする。登録を済ませ、着替えをし、荷物を預け、コースに並ぶ。スタートまで3分、心地よい緊張感だ。少しずつランナーたちが前に動きだす。

スタート。景気付けに、太鼓の演奏が始まる。(たしか太鼓だったはず)15000人以上が一斉に動き出そうとする。狭い土手である。スタートラインを越えるまでに6分ほどかかる。去年はスタートラインの横にかなりの集団がいて、力の限りゴスペルを歌っていた。前を通る時に、みんなが手を振るなど、ちょっとしたお祭り気分だっだ。

ところが今年は、静かなものである。活気がない。大会全般を通して応援も少なく、活気もなかった。国土交通省の道路特定財源からの予算が急遽カットされたからだそうだ。なるほど、あの応援のすごさは予算のなせる技なのか、そう思うと不思議な気がした。予算がついたから人が集まった。でも、応援している人たちの表情を見れば、予算とは関係なく応援していることは明らかだった。頑張っている人を応援する、それだけだ。

正直な印象、これなら地方都市で行われる手作りの大会の方がいいな、と思った。もちろん、地方の大会にもそれなりの予算はかかっているだろう。それでも、地域の人間が手作りで、自分たちに出来ることをする。そんな等身大の大会の方がいいなと思った。(荒川は初めてフルマラソンを走った大会で、その後、毎年参加しているのであまり悪口は言いたくない。きっと来年も走るだろう)

これは予算とは関係ないのかもしれないが、去年まではゴール後にくれたペットボトルの水が今年はなかった。それはいい。なにより許せないのは、楽しみにしていた「コアラのマーチ」が給水所になかったことだ。普段、ああいうお菓子は我慢しているので、マラソン大会の時だけは鷲掴みにして食べていたのに。非常に、残念であった。(家でそのことを細君に話したら、かわりに「きのこの山」をあげようか、と言われた。)

レース中は、自分の体の状態をチェックすることを心がけた。上半身や腕に力みは出ていないか。股関節から下だけで走っていないか。着地の瞬間、腰から背筋にかけてきちんと体重がのっているか。そして1kmごとにタイムを確認した。

僕の走りの特徴は、基本的にレースの最初も最後もイーブンペースというものだ。確か、マラソンの理想ペースは、最初のスピードに対して、最後のスピードが10%プラス以内であればよい、というものだったはずだ。スタート時が1km5分なら、ゴール時は5分30秒となる。

僕はとにかくイーブンペースである。経験的にその方がよいことを学んだのだ。自分でレースをコントロールできる(いや、レースじゃなくて、自分をコントロールできるのだ)。これにはおまけもついてきた。ずっと同じペースで走っているので、ゴールが近づくほど僕のスピードは他のランナーに比べて相対的に速くなるのである。つまり、ほとんどの人を抜きながら最後の数kmを走れるのである。もちろん、マラソンは人と競争するものではない。42.195kmも誰かと追いかけっこなど絶対したくない。プロのランナーとは違う。

それでも、ゴールまで400〜500mくらいで、となりを走っているランナーが、あからさまに張り合ってくると、勝負、という気になってしまう。こっちはイーブンペースで走れるほど力が残っているのである。最後の100mくらいダッシュで振り切ってしまえるのである。

そんな感じで、館山若潮マラソンの時のような物語性もなく、淡々と気合い十分でレースを走りきった。そしてゴール後には、コースを振り返り、感謝の気持ちを込めて一礼をする。

結果は、3時間47分くらい。途中、ストップウォッチの調子がおかしくなったので、正確なタイムは認定証待ちである。でも、とにかく目標の4時間は切った。人に誇れるような立派なタイムではないが、それでも自分では満足している。

でも、昨日の満足はそれだけではなかった。春を感じた。いや、自分が春で満たされた。レース後の帰り道、応援に来てくれた知り合いと合流し、まだまだ走ったり、歩いたりしている人を春の午後の日差しの中で眺めている。ビールを飲みながら談笑したり、ゆったりとした川の流れをぼんやり見たり、遠くから聞こえる鳥の鳴き声に意識が反応したり、聞き流したりしている。

最後尾に近いランナーが目の前を通りすぎるころ、さよなら、をして、また1人、土手を自転車でゆっくりと走る。海の方から暖かい南風が吹いてきて、柳の枝を揺らしている。よく見ると、柳の枝からは芽が出はじめ、枝全体が薄いきみどり色をしている。新生児の髪の毛のように軽くて柔らかで、生命力がある。傾きかけた太陽の光が川面を黄金色に染めている。きらきら、きらきらといつまでも光り輝いている。

ジョギングをしている人や、自転車の練習をしている子ども、散歩している老夫婦。ついさっきまで、一万人以上のランナーがマラソン大会をしていたことが嘘のようだ。おだやかで、満ち足りた春の日だ。かつてどこかにあった春であり、やがてどこかに訪れる春である。

そんな春でいっぱいになって、鼻歌交じりで、家路についたのであった。
16:24:54 | tonbi | |
Comments

こいしま wrote:

ブログ上でははじめましてデス。
コメントというものをすることは初めてなのでどきどきです。
昨日(19日)はだんなの誕生日でした。けれども子供が水ぼうそうにかかり、うっかりわざと、忘れてしまいました。
反省してみながら、コメント書いています。
ちなみに、イチゴ味のコアラのマーチ、あれはわが子の中ではすばらしいお菓子だそうです(私はキラい)。水ぼうそうが治ったらプレゼントする予定です(キラいだけど買いました)。近くにトンビさんがいらっしゃればおすそ分けできるのに残念です。
さらにちなみに、私はきのこの山よりたけのこの里のほうが好きなのです。
どうでもいいですね。
マラソン、目標達成おめでとうございます!
03/20/08 21:10:59

tonbi wrote:

こんちには
イチゴ味のコアラのマーチは僕もそれほど魅力を感じません。ただ、おすそ分けしてもらえるなら、喜んで頂きます。
水ぼうそうは大変ですが、うっかりわざと、忘れないように旦那さんの誕生日を祝ってください。(そうか19日だったっけ)
03/21/08 11:10:01
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