Complete text -- "最後まで1歩も歩かなかった"

01 July

最後まで1歩も歩かなかった

午前2時45分、ナイキのルナレーサーを履いて宿の玄関を出る。東の空がわずかだが明るくなっている。北の夜明けは早い。送迎バスが程なくやって来る。同宿している10人ばかりのランナーを乗せて出発だ。途中、別の宿で20人ばかりピックアップし、1時間ばかりコースを逆走するようにスタート会場を目指す。ゆらゆら帝国を聞きながら細胞の1つ1つを目覚めさせるつもりだったが、いつの間にかうつらうつらしてしまう。結局、2時間ほどしか眠っていない。体の方のコンディションはあまり良くなさそうだ。でも逃げ出したい気持ちはまったくない。とりあえずは心の方に頑張ってもらおう。

午前4時、会場に到着。ランニング用のウェアに着替え、荷物を預けて、ストレッチをする。辺りが霧で真っ白になってくる。少しずつ、ランナー達がスタートラインに集まってくる。1年ぶりの再会を喜んだり、仲間同士で話しをしたり、スタート前のざわつきはフルマラソンの大会と同じだ。そんな中、1人で霧の空を見上げる。電圧が一気に落ちたように、自分の周りが静かになる。よろしく頼むよ、そういう言葉が自然と浮かぶ。誰かを頼りたい気持ちはまったくないけど。

スタート1分前。少しだけ緊張感が漂う。心の中でカウントダウンする。10、9、……3、2、1。そしてスタート。午前5時だ。ランナー達から拍手が起こる。僕はいつもより心を込めて拍手をする。そして自分の体に無言で語りかける、頑張ってくれよ、頼れるのはお前しかいないのだから、と。

ゆっくりと走り出す。とにかく最初の10kmはゆっくり走ろうと決める。多くの人たちが僕を追い抜いていく。スタート会場の周りの街中をぐるりと3、4km走ってから畑や森林の道をしばらく走る。自分を空っぽにして。走っていることにも気づかないくらいに空っぽにして。10km通過、午前6時5分だ(10kmのラップタイムは65分)。タイムとしては悪くない。相変わらず周りは霧で真っ白だ。霧の中からカッコーの鳴き声が聞こえてくる。

同じようなペースで竜宮台で折り返して20km地点を過ぎる。本当なら左右にオホーツク海とサロマ湖が見えるはずだが、霧でどちらも見えない。これじゃあ摩周湖マラソンだよ、とくだらないことを考え始める。空っぽの頭の中に妄想が起こり始める。20km通過が午前7時8分(10kmで63分)。タイムは悪くないが体が重い、とくに脚が重い。感覚的にはフルマラソンがぎりぎり走れるくらいだ。それなのにあと80kmも残っている。それでも心の方はやる気に満ちている。冷静にフォームのことだけを考えて走る。身体の1ヶ所に疲れが出ないように、負荷を全身に分散する。

給水所ではボランティアの高校生とハイタッチをしながら「ありがとう」としっかりと声を出す。ハイタッチをするごとに身体に力が満ちてくるのがわかる。牧場でのんびりと草を食んでいる牛を見ると何だか嬉しくなってくる。霧の中にぼんやりと見える大木のシルエットが心を落ち着かせてくれる。自分の体以外にも頼れるものはいくらでもあったことに気がつく。30km地点を8時14分に通過(10kmで65分)。

体の重さが抜ける。足が自然と前に出る。40km地点の通過は9時15分(10kmで61分)。そして40kmを過ぎて初めてサロマ湖の湖畔に出る。でも霧でサロマ湖はまったく見えない。これじゃあ摩周湖マラソンだよ、と同じ妄想が浮かび、1人ほくそ笑んでいる。(これじゃあ摩周湖マラソンだよ、という言葉はこのあと何度も頭に浮かび、隣のランナーに話しかけたくなった)。42.195kmの通過が9時29分。フルマラソンがほぼ4時間半だ。ウルトラのペースとしては悪くない。ここからがウルトラのスタートなんだよな、と後のランナーがつぶやく、地獄のように苦しいんだよな、と。

この辺りから少しずつアップダウンが始まる。タイムが落ちるのは織り込み済みだ。50kmの通過が10時23分(10kmで68分)、結果的には最も理想的な状況になっている。50km過ぎからは厳しい上りが始まる。おまけに雨がばらつき始める。首の回りに日本手ぬぐいを巻き、手袋をする。寒さとの戦いだ。給水所で1、2分ストレッチをしただけで体が冷えて、筋肉がこわばるのがわかる。ちょっとでも歩いたら致命的だろう。最初の難所だ、秘密兵器のiPodを取り出し、ゆらゆら帝国の曲を聴きながら20分ほど走る。iPodは出来れば使いたくなかった。マラソン中の音を大事にしたかったからだ。でも音楽の力で少し復活する。(僕はいろいろなものに助けられている。)

そして55kmのレストステーションに到着する。レストステーションにはそれぞれのランナーが着替え、替えのシューズ、エアサロンパスなどをあらかじめ届けてある。そして思い思いのケアをして後半に向けて再スタートをする。ほとんど休まずに行く人もいれば、すべてを着替える人、アイシングをする人(何と下半身がつかれるバスタブが用意してある)、そして更衣室でバスタオルをかけて仮眠する人までいる。僕は、帽子とシャツと靴下を替え、しっかりとストレッチをし、エアサロンパスを脚にまんべんなく吹きかける(ちょっと寒い)。そして小さめのおにぎりを5つ頬張る。10分ほど時間をかけケアをして力強く再スタート。しばらくは上りが続くが、雨は止んでいる。悪くない。よし、あと45kmだと思う。でもそれはフルマラソン以上の距離だと気づく。45kmって長いのか短いのか、頭のネジが外れ始めている。

60kmの通過が11時47分、7時間近く走りつづけていることになる。10kmのラップは1時間23分だが、休憩を考えれば悪くない。60km過ぎの給水所で同宿の聾唖の男性と一緒になる。この人はすでにサロマ湖を5回完走している。苦しそうな表情をして指を4本差し出す。あと40kmもあるという意味だ。僕が携帯しているエアサロンパスを差し出すと、自分でも持っていると見せてくれる。どちらが言い出すというのでもなく、しばらく一緒に走る。走っている最中だし、聾唖の相手なので話は出来ないが、お互いに相手の状態を気づかっているのが表情でわかる。話が出来る相手よりもよっぽどコミュニケーションがとれる。不思議なものだ。20分ほど一緒に走ったが、上り坂で相手が先に行ってくれという表情をするので、お互いに頑張ろうと表情で伝えて先を急ぐ。

56kmあたりから霧が晴れてきた。そしてサロマ湖がその大きな姿を見せ始める。遠くに鶴雅リゾート(旧東急リゾート)が見える。鶴雅リゾートではお汁粉とそうめんを振る舞っている。ここで食べるお汁粉は本当においしいらしい。よし鶴雅を目指すぞと思うが、鶴雅リゾートは74km地点だ。実際には18km先だ。18kmと言えば、このペースで行けば2時間15分くらいは走らねばならない。近いような遠いような、距離の間隔もおかしくなってくる。

60kmを過ぎてからは10kmを1時間15分のペースに設定する。そんなわけで、70kmの通過タイムは午後1時1分(10kmで74分)。70kmを過ぎて71kmを過ぎると、ついに自己最長距離に入る。(今までの最長は自宅から葉山までの71km)。さすがに心が少し動かされた。少なくとも、サロマ湖を走ったことは無駄じゃなかったという気がした。喜びを噛みしめながら、74kmの鶴雅リゾートに到着。ここではお汁粉を4杯とそうめんを4杯食べた。お腹いっぱいである。(驚くなかれ。レース後体重を量ったら、走る前よりも1kg増えていた)。満腹のお腹をゆするようにして走る。

あと6kmで80kmである。走る前に何とかクリアしたいと思っていた最低の目標だ。両方の足首が痛くなり始め、体もかなりきつくなっているが、フォームを意識すると体が自然と前に出てくれる。80km手前の給水所で補給をする。ここからワッカ原生園を18kmほど走って、再びこの給水所を通りゴールへ向かうことになる。つまりこの給水所はゴールからわずか2kmの地点にある。それなのにわざわざ9km先まで行って戻ってこなければならないのだ。そして給水所の先は厳しい上り坂だ。坂を上って200メートルくらい行くと80km地点だ。

80kmの通過が午後2時15分(10kmで75分)。そしてレース開始から9時間15分がたった。80kmで10時間の制限に対して理想的なタイムだ。ワッカ原生園は2つ目の難所だ。小刻みな上り下りがずっと続く。少し行くと女性が2人ランナーを応援している。よく見ると1人は知り合いのSさんだった。(彼女は400mトラックの100kmマラソンの世界記録保持者で、サロマ湖でも何度か優勝している)。とりあえずすごく元気そうなふりをして声をかける。あーっ、元気そうじゃないですか、頑張って、と応えてくれる。そう言われていい気になってちょっとペースを上げてしまう。案の定、反動の疲れがひどい。そして太陽も少しずつ顔を出している。きついなあ、もっと体を鍛えなくちゃいけないな、と意味不明なことを考えながら走っていると、すぐ横の草むらからキタキツネが、あなたたちは何をしているのですか、という顔でこっちを見ている。一緒に走るか、と意味不明なことを口走って元気になる。

花がきれいに咲いているワッカ原生園を延々と進む。この道をまた戻るのかと思うとうんざりするとわかっているので、そういう想像をしないように努力しながら走る。55km以降基本的にイーブンペースである。マラソンでもそうだがイーブンペースで走れるということは、他の多ランナーに対して相対的に速くなっていく。つまり次から次へと人を抜いていくことになる。何人もの人を抜きながらワッカ原生園の折り返し地点につく。折り返してしばらく行くと90kmだ。午後3時28分に通過(10kmで73分)。ゴールの13時間の制限まであと2時間半もある。

完走できると実感したのはこの時だ。それと同時にタイムを意識し始めた。このまま最後の10kmを73分で走れば、11時間41分で完走できる。ウルトラは他人と競争するものではないが、村上春樹の11時間42分というタイムが僕のウルトラマラソンの最高の目標だった。脚全体が筋肉痛で参っている。足首にもひどい痛みがある。下手に急いでケガをしたらタイムは一気に悪くなる。でも、上手く走れば最高の結果が出せる。迷いながら走る。走りながら迷う。

1年以上も準備をしてきたのだから最後は少しゆっくり楽しもう。あまり急いで終わらせることもないさ、そう心に決める。決めたはずなのだがどういうわけか体はすごいスピードで走り始める。大丈夫だよ、行けるよ、体がそういう信号を送っている。それじゃあつき合いましょうということでペースを上げる。1kmごとの表示が短く感じる。ワッカ原生園入り口(帰りは出口)の坂を下る。他のランナーの3倍くらいのスピードで下る。ゴールまであと2kmの給水所に戻る。走りながらコップを手に取り、走りながら水を飲み、ゴミ箱にコップを投げ捨てる。

あと2km、やれるとこまでやろう。そう思ってペースを維持する。幹線道路の歩道を走る。人々の応援が増える。手を上げながら、大きな声で「ありがとう」と言う。残りがあと1kmになる。突然、涙が溢れてくる。この1年間のことが一気に押し寄せてくる。あと1kmで終わってしまうんだ。まだ続けていたいな、と思う。でも、まだレースは終わっていない。感動はゴールをしてからだ。最後までしっかり走らなければならない。

しっかりとした顔をして、腕を振り、ストライドを大きく、誰よりも速く走る。ゴール手前ではみんなが大きな声で応援をしてくれる。ゴールはすぐ目の前だ。ゴール上の時計は11時間36分になろうとしている。両手を広げてゴールをくぐる。そしてコースを振り返り、帽子を取り、いつもよりも深く頭を下げながら、ありがとうございました、と大きな声で言う。

ゴール時間は午後4時36分8秒。タイムは11時間36分8秒。長く苦しいレースだった。苦しいレースだったが1度も走ることがイヤだとは思わなかった。最後まで1歩も歩かずにすべて走った。一瞬も逃げなかった。たぶん少し強くなれたと思う。



01:34:36 | tonbi | |
Comments

アスリートその後・・・ wrote:

お疲れ様です!
おめでとうございます!
日曜日からブログが更新されるのを楽しみにしてました。
ラスト10kmスプリットタイム
1:07:21
感動しました!
早く話が聞きたいです。
07/01/09 15:26:15

龍の親 wrote:

むむむ!
ついにやりましたね。
しかも、かなりの好レースだったように見受けられます。
実際は、もっと色々葛藤があったかもしれませんが・・・。

とにもかくにも、おめでとうございます!
この為に努力してきたことは、全く無駄でなかったように思います。
万全でなくても、気持ちと身体はちゃんと準備をしていたのですね〜。

少し遠い人になった気がします。
でも、それは嬉しい驚きです。
次回あったとき、少し話を聞かせて下さいまし。
07/03/09 22:56:44
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