05 July

ブログ、引っ越しました

ブログを引っ越しました。
引き続き、下記のURLでよろしくお願いします。

http://blog.goo.ne.jp/sorakan/


00:52:41 | tonbi | |

01 July

最後まで1歩も歩かなかった

午前2時45分、ナイキのルナレーサーを履いて宿の玄関を出る。東の空がわずかだが明るくなっている。北の夜明けは早い。送迎バスが程なくやって来る。同宿している10人ばかりのランナーを乗せて出発だ。途中、別の宿で20人ばかりピックアップし、1時間ばかりコースを逆走するようにスタート会場を目指す。ゆらゆら帝国を聞きながら細胞の1つ1つを目覚めさせるつもりだったが、いつの間にかうつらうつらしてしまう。結局、2時間ほどしか眠っていない。体の方のコンディションはあまり良くなさそうだ。でも逃げ出したい気持ちはまったくない。とりあえずは心の方に頑張ってもらおう。

午前4時、会場に到着。ランニング用のウェアに着替え、荷物を預けて、ストレッチをする。辺りが霧で真っ白になってくる。少しずつ、ランナー達がスタートラインに集まってくる。1年ぶりの再会を喜んだり、仲間同士で話しをしたり、スタート前のざわつきはフルマラソンの大会と同じだ。そんな中、1人で霧の空を見上げる。電圧が一気に落ちたように、自分の周りが静かになる。よろしく頼むよ、そういう言葉が自然と浮かぶ。誰かを頼りたい気持ちはまったくないけど。

スタート1分前。少しだけ緊張感が漂う。心の中でカウントダウンする。10、9、……3、2、1。そしてスタート。午前5時だ。ランナー達から拍手が起こる。僕はいつもより心を込めて拍手をする。そして自分の体に無言で語りかける、頑張ってくれよ、頼れるのはお前しかいないのだから、と。

ゆっくりと走り出す。とにかく最初の10kmはゆっくり走ろうと決める。多くの人たちが僕を追い抜いていく。スタート会場の周りの街中をぐるりと3、4km走ってから畑や森林の道をしばらく走る。自分を空っぽにして。走っていることにも気づかないくらいに空っぽにして。10km通過、午前6時5分だ(10kmのラップタイムは65分)。タイムとしては悪くない。相変わらず周りは霧で真っ白だ。霧の中からカッコーの鳴き声が聞こえてくる。

同じようなペースで竜宮台で折り返して20km地点を過ぎる。本当なら左右にオホーツク海とサロマ湖が見えるはずだが、霧でどちらも見えない。これじゃあ摩周湖マラソンだよ、とくだらないことを考え始める。空っぽの頭の中に妄想が起こり始める。20km通過が午前7時8分(10kmで63分)。タイムは悪くないが体が重い、とくに脚が重い。感覚的にはフルマラソンがぎりぎり走れるくらいだ。それなのにあと80kmも残っている。それでも心の方はやる気に満ちている。冷静にフォームのことだけを考えて走る。身体の1ヶ所に疲れが出ないように、負荷を全身に分散する。

給水所ではボランティアの高校生とハイタッチをしながら「ありがとう」としっかりと声を出す。ハイタッチをするごとに身体に力が満ちてくるのがわかる。牧場でのんびりと草を食んでいる牛を見ると何だか嬉しくなってくる。霧の中にぼんやりと見える大木のシルエットが心を落ち着かせてくれる。自分の体以外にも頼れるものはいくらでもあったことに気がつく。30km地点を8時14分に通過(10kmで65分)。

体の重さが抜ける。足が自然と前に出る。40km地点の通過は9時15分(10kmで61分)。そして40kmを過ぎて初めてサロマ湖の湖畔に出る。でも霧でサロマ湖はまったく見えない。これじゃあ摩周湖マラソンだよ、と同じ妄想が浮かび、1人ほくそ笑んでいる。(これじゃあ摩周湖マラソンだよ、という言葉はこのあと何度も頭に浮かび、隣のランナーに話しかけたくなった)。42.195kmの通過が9時29分。フルマラソンがほぼ4時間半だ。ウルトラのペースとしては悪くない。ここからがウルトラのスタートなんだよな、と後のランナーがつぶやく、地獄のように苦しいんだよな、と。

この辺りから少しずつアップダウンが始まる。タイムが落ちるのは織り込み済みだ。50kmの通過が10時23分(10kmで68分)、結果的には最も理想的な状況になっている。50km過ぎからは厳しい上りが始まる。おまけに雨がばらつき始める。首の回りに日本手ぬぐいを巻き、手袋をする。寒さとの戦いだ。給水所で1、2分ストレッチをしただけで体が冷えて、筋肉がこわばるのがわかる。ちょっとでも歩いたら致命的だろう。最初の難所だ、秘密兵器のiPodを取り出し、ゆらゆら帝国の曲を聴きながら20分ほど走る。iPodは出来れば使いたくなかった。マラソン中の音を大事にしたかったからだ。でも音楽の力で少し復活する。(僕はいろいろなものに助けられている。)

そして55kmのレストステーションに到着する。レストステーションにはそれぞれのランナーが着替え、替えのシューズ、エアサロンパスなどをあらかじめ届けてある。そして思い思いのケアをして後半に向けて再スタートをする。ほとんど休まずに行く人もいれば、すべてを着替える人、アイシングをする人(何と下半身がつかれるバスタブが用意してある)、そして更衣室でバスタオルをかけて仮眠する人までいる。僕は、帽子とシャツと靴下を替え、しっかりとストレッチをし、エアサロンパスを脚にまんべんなく吹きかける(ちょっと寒い)。そして小さめのおにぎりを5つ頬張る。10分ほど時間をかけケアをして力強く再スタート。しばらくは上りが続くが、雨は止んでいる。悪くない。よし、あと45kmだと思う。でもそれはフルマラソン以上の距離だと気づく。45kmって長いのか短いのか、頭のネジが外れ始めている。

60kmの通過が11時47分、7時間近く走りつづけていることになる。10kmのラップは1時間23分だが、休憩を考えれば悪くない。60km過ぎの給水所で同宿の聾唖の男性と一緒になる。この人はすでにサロマ湖を5回完走している。苦しそうな表情をして指を4本差し出す。あと40kmもあるという意味だ。僕が携帯しているエアサロンパスを差し出すと、自分でも持っていると見せてくれる。どちらが言い出すというのでもなく、しばらく一緒に走る。走っている最中だし、聾唖の相手なので話は出来ないが、お互いに相手の状態を気づかっているのが表情でわかる。話が出来る相手よりもよっぽどコミュニケーションがとれる。不思議なものだ。20分ほど一緒に走ったが、上り坂で相手が先に行ってくれという表情をするので、お互いに頑張ろうと表情で伝えて先を急ぐ。

56kmあたりから霧が晴れてきた。そしてサロマ湖がその大きな姿を見せ始める。遠くに鶴雅リゾート(旧東急リゾート)が見える。鶴雅リゾートではお汁粉とそうめんを振る舞っている。ここで食べるお汁粉は本当においしいらしい。よし鶴雅を目指すぞと思うが、鶴雅リゾートは74km地点だ。実際には18km先だ。18kmと言えば、このペースで行けば2時間15分くらいは走らねばならない。近いような遠いような、距離の間隔もおかしくなってくる。

60kmを過ぎてからは10kmを1時間15分のペースに設定する。そんなわけで、70kmの通過タイムは午後1時1分(10kmで74分)。70kmを過ぎて71kmを過ぎると、ついに自己最長距離に入る。(今までの最長は自宅から葉山までの71km)。さすがに心が少し動かされた。少なくとも、サロマ湖を走ったことは無駄じゃなかったという気がした。喜びを噛みしめながら、74kmの鶴雅リゾートに到着。ここではお汁粉を4杯とそうめんを4杯食べた。お腹いっぱいである。(驚くなかれ。レース後体重を量ったら、走る前よりも1kg増えていた)。満腹のお腹をゆするようにして走る。

あと6kmで80kmである。走る前に何とかクリアしたいと思っていた最低の目標だ。両方の足首が痛くなり始め、体もかなりきつくなっているが、フォームを意識すると体が自然と前に出てくれる。80km手前の給水所で補給をする。ここからワッカ原生園を18kmほど走って、再びこの給水所を通りゴールへ向かうことになる。つまりこの給水所はゴールからわずか2kmの地点にある。それなのにわざわざ9km先まで行って戻ってこなければならないのだ。そして給水所の先は厳しい上り坂だ。坂を上って200メートルくらい行くと80km地点だ。

80kmの通過が午後2時15分(10kmで75分)。そしてレース開始から9時間15分がたった。80kmで10時間の制限に対して理想的なタイムだ。ワッカ原生園は2つ目の難所だ。小刻みな上り下りがずっと続く。少し行くと女性が2人ランナーを応援している。よく見ると1人は知り合いのSさんだった。(彼女は400mトラックの100kmマラソンの世界記録保持者で、サロマ湖でも何度か優勝している)。とりあえずすごく元気そうなふりをして声をかける。あーっ、元気そうじゃないですか、頑張って、と応えてくれる。そう言われていい気になってちょっとペースを上げてしまう。案の定、反動の疲れがひどい。そして太陽も少しずつ顔を出している。きついなあ、もっと体を鍛えなくちゃいけないな、と意味不明なことを考えながら走っていると、すぐ横の草むらからキタキツネが、あなたたちは何をしているのですか、という顔でこっちを見ている。一緒に走るか、と意味不明なことを口走って元気になる。

花がきれいに咲いているワッカ原生園を延々と進む。この道をまた戻るのかと思うとうんざりするとわかっているので、そういう想像をしないように努力しながら走る。55km以降基本的にイーブンペースである。マラソンでもそうだがイーブンペースで走れるということは、他の多ランナーに対して相対的に速くなっていく。つまり次から次へと人を抜いていくことになる。何人もの人を抜きながらワッカ原生園の折り返し地点につく。折り返してしばらく行くと90kmだ。午後3時28分に通過(10kmで73分)。ゴールの13時間の制限まであと2時間半もある。

完走できると実感したのはこの時だ。それと同時にタイムを意識し始めた。このまま最後の10kmを73分で走れば、11時間41分で完走できる。ウルトラは他人と競争するものではないが、村上春樹の11時間42分というタイムが僕のウルトラマラソンの最高の目標だった。脚全体が筋肉痛で参っている。足首にもひどい痛みがある。下手に急いでケガをしたらタイムは一気に悪くなる。でも、上手く走れば最高の結果が出せる。迷いながら走る。走りながら迷う。

1年以上も準備をしてきたのだから最後は少しゆっくり楽しもう。あまり急いで終わらせることもないさ、そう心に決める。決めたはずなのだがどういうわけか体はすごいスピードで走り始める。大丈夫だよ、行けるよ、体がそういう信号を送っている。それじゃあつき合いましょうということでペースを上げる。1kmごとの表示が短く感じる。ワッカ原生園入り口(帰りは出口)の坂を下る。他のランナーの3倍くらいのスピードで下る。ゴールまであと2kmの給水所に戻る。走りながらコップを手に取り、走りながら水を飲み、ゴミ箱にコップを投げ捨てる。

あと2km、やれるとこまでやろう。そう思ってペースを維持する。幹線道路の歩道を走る。人々の応援が増える。手を上げながら、大きな声で「ありがとう」と言う。残りがあと1kmになる。突然、涙が溢れてくる。この1年間のことが一気に押し寄せてくる。あと1kmで終わってしまうんだ。まだ続けていたいな、と思う。でも、まだレースは終わっていない。感動はゴールをしてからだ。最後までしっかり走らなければならない。

しっかりとした顔をして、腕を振り、ストライドを大きく、誰よりも速く走る。ゴール手前ではみんなが大きな声で応援をしてくれる。ゴールはすぐ目の前だ。ゴール上の時計は11時間36分になろうとしている。両手を広げてゴールをくぐる。そしてコースを振り返り、帽子を取り、いつもよりも深く頭を下げながら、ありがとうございました、と大きな声で言う。

ゴール時間は午後4時36分8秒。タイムは11時間36分8秒。長く苦しいレースだった。苦しいレースだったが1度も走ることがイヤだとは思わなかった。最後まで1歩も歩かずにすべて走った。一瞬も逃げなかった。たぶん少し強くなれたと思う。



01:34:36 | tonbi | |

27 June

あと24時間

 僕たちはビールの空缶を全部海に向かって放り投げてしまうと、堤防にもたれ頭の上からダッフル・コートをかぶって一時間ばかり眠った。目が覚めた時、一種異様なばかりの生命力が僕の体中にみなぎっていた。不思議な気分だった。
 「100キロだって走れる」と僕は鼠に言った。
 「俺もさ。」と鼠は言った。

村上春樹『風の歌を聴け』の冒頭の僕と鼠が知り合うシーンだ。20年以上も前に初めて読んだとき、「100キロなんて走れるものか」と思った。
その100キロを走ろうとしている。

 牛飼いダニヤがいった、
「わたしはもう飯を炊き、乳を搾ってしまった。マヒー河のほとりに、わたしは(妻子と)ともに住んでいます。わが小屋の屋根は葺かれ、火は点されている。神よ、もしも雨を降らそうと望むなら、雨を降らせよ。」
 師は答えた、
「わたくしは怒ることなく、心の頑迷さを離れている。マヒー河のほとりに一夜の宿りをなす。わが小屋(すなわち自身)はあばかれ、(欲情)の火は消えた。神よ、もしも雨を降らそうと望むなら、雨を降らせよ。」

『ブッダのことば』(中村元訳、岩波文庫)の一部である。走りながらこの言葉を転がしていたら、こんなフレーズが浮かんできた。以来、折りに触れて走りながら思い出している。

 ランナー野口はいった、
「わたしは十分な距離を走り込み、休養も取れている。サロマ湖のほとりで人々とスタートを待っている。集中力も高まり、ストレッチも済ませた。神よ、もしもウルトラマラソンをスタートさせようと望むなら、いつでもスタートさせよ。」

明朝、5時に(あと24時間後だ)ウルトラマラソンはスタートする。

今年の3月ごろ、ランナーとして自分のレベルが1つ上がったと実感したことがあった。その時、自分はサロマ湖ウルトラマラソンにチャレンジする資格を手に入れたと確信した。(完走できる気がしたわけではない。あくまで参加する資格を手に入れたということだ)。その時、ある言葉がやってきた。こういうものだ。

「自分はサロマ湖100キロで命を奪われることはないだろう。でも自分は命を持っていかれても構わない覚悟で100キロを走ることが出来る」

自分の持てるすべてを一点に集中する。命がけというのは簡単に命を投げ出すことではない。右足を出し、次に左足を出す。ただそれだけのことにすべてを注ぎ込めることだ。

じゃあ、ちょっと走ってきます。

04:51:02 | tonbi | |

24 June

日常性を大きく逸脱してはいるが、基本的には人の道に反していない行為

サロマ湖100kmまであと4日。一昨日よりコンディションはよくなっているが、まだまだ完全という訳ではない。少しずつ、少しずつ、箒で力を集めているところだ。今さら走り込んでも仕方がなかろうということで、基本的には体を休める方向で調整している。朝起きて、まずストレッチをする。自分が走っている姿をイメージしながら。

仕事に向かう電車の中で、パンフレットを読んだりコース図を眺めたりする。5kmごとの給食の内容を確認したり(55kmで元気におにぎりを食べている姿を想像する。とてもおいしくてにんまりしてしまう)、後半の10kmごとの制限時間を頭にたたき込んだり(ポイントは80kmで10時間という制限だ、ここを越えれば残り3時数で20km。ケガさえなければなんとかなる)、そんなことを繰り返す。

あるいは高低差の書いてあるコース図をじっと眺めながらレースを想像する。地図というのはすごいものだ。サロマ湖をぐるりと回る100kmのコースがわずか15センチ四方に収まってしまう。地図上では5センチも進めば10kmだ。スケールが違いすぎてうまく想像できない。でも、ものすごく大変そうだということだけはひしひしと伝わってくる。コース最大の難所は50〜60kmの間だ。この10kmの間に40mほどの上り下りが2度ほどある。ここを焦らずに走れるかが1つのポイントだろう。意識的にペースを落とさないと後半に悪影響が出ることは確実だ。しかしペースを落とせばタイムも落ちて、途中の制限時間が気になる。ペースを上げたくなるに違いない。

そういうことを想像していると、自分が電車に乗っていることを忘れたりする。実際にレースを走っているような気持ちになる。緊張感と疲労感をちょっとだけ感じる。きっと電車の中で険しい表情をしていることだろう。でもこういう作業が集中していくということなのだろう。そうやって少しずつ、コンディションを整えていく。

あと村上春樹の『走ることについて語るときに僕の語ること』を読み直した。フルマラソンを走る前などにもぱらぱらと見直すのだが、今回は頭から全部読んだ。この本の中には、サロマ湖100kmについて書いてある文章がある。村上春樹は1996年にサロマ湖ウルトラマラソンを完走している。タイムは11時間42分。立派なものである。

村上春樹はウルトラマラソンについて「日常性を大きく逸脱してはいるが、基本的には人の道に反していない行為」と書いている。そしてそのような「行為の常として、おそらくある種とくべつな認識を、あなたの意識にもたらすことになる。自己に対するあなたの観照に、いくつかの新しい要素を付け加えることになる。その結果としてあなたの人生の光景は、その色合いや形状を変容させていくことになるかもしれない。多かれ少なかれ、良かれ悪しかれ」とある。

「日常性を大きく逸脱してはいるが、基本的には人の道に反していない行為」とはうまい言い方である。よく考えると(というか考えるまでもなく)、僕はそういう行為にふらふらと引き寄せられてばかりいる。キャンプ場でランタンに集まる虫のように、夏の夜にコンビニに吸い込まれていく都市住民のように。そして気がつくと自分でも思ってもいなかったようなところにいたりする。村上春樹的な言い方をすれば「傾向性」ということになるのだろう。それでも「日常性の中にいるが、人の道に反している行為」よりは100倍も良いのではないかと思っている。

「日常性を逸脱しているが、人の道に反しない行為」は、人生の光景を変えてしまう。これは村上春樹の「良い小説の定義」と根本的には同じである。良い小説とはそれを読む前と読んだ後では何かが変わってしまうものである。ある行為をする。するとその前と後では、自分自身も世界も(つまり、すべてが)少し変わってしまう。

そう言えば、フルマラソンを初めて走った後、何人かの知り合いから「変わったね」と言われた。正直、自分では変わったのか、変わっていないのかよく分からなかった。ただ、あれがなければ、今回のサロマ湖100kmもなかったことは確かだ。そう考えると、知り合いの言葉とは別の意味で、自分も世界も大きく変わってしまったことになる。うん、確かにすごく変わった。(書きながら、ちょっと本気でびっくりしている)。100km走りきったらどんなことが起こるのだろう。走る前と後では自分や世界はどのように変わるのだろう。楽しみである。

書くことで、少しずつ集中していくのを実感する。あと4日、あと4日だ。

22:34:14 | tonbi | |

22 June

物事は振り出しに戻ったようである

さてさて、サロマ湖100kmまであと6日。前回ブログを書いてからほぼ1週間、あっという間である。そして1週間で物事は振り出しに戻ったようである。備忘のために振り返っておく。

16日(火)。朝から夜までばっちり仕事、家に帰った時には日付が変わっている。それでもつねにどこかでサロマ湖のことを考えている。というか自然にサロマ湖のことを思い浮かべているという方が正解だろう。気になる女の子の顔や、イヤな上司の顔や、もう戻れない過去の日々が自然と思い浮かぶように。

17日(水)。午前中に10kmほどランニングをする。軽く流しただけだが、タイムは55分程度。1kmを5分30秒で走ったことになる。おまけに気がついたら走り終わっていた。疲れもまったくない。悪くない。悪くないどころか、とても良い。長い距離を走れるようになるためには、距離や時間の感覚が変わってこなければならない。「ついさっき走り始めたばかりだ」という感覚をどれだけ長く維持できるかが大切だ。フルマラソンでは最低でも30kmはそういう走り方が出来ないと、タイムを云々することは出来ない。ウルトラマラソンでは、最低でも42.195kmまではそういう感覚で走れねばならないだろう。何せフルマラソンのゴール地点がウルトラマラソンのスタート地点である。
午後から仕事。帰宅は日付が変わってから。

18日(木)。朝から仕事。少しずつ、疲れがたまってくるのを感じる。肉体的にも精神的にも。それでもサロマ湖マラソンのことを考えるようにしている。集中力を高める、という言い方をするが、僕には高めるほどの集中力はまだない。文字通り、力を集中させている段階だ。合気道の稽古後に箒で道場を掃除するようなものだ。丁寧に、丁寧に、少しずつゴミや埃を真ん中に集めていく。勢いよくやろうとすれば、まわりに飛び散ってしまうし、窓から強い風が入ってくれば一瞬ですべてが吹き飛ばされてしまう。風が吹けば飛んでしまう埃やゴミのようなわずかな力を集めている、そんな段階である。

夜には合気道の稽古。本当は2時間の稽古だが、わざと遅刻して1時間だけの稽古にする。2時間、合気道に集中する力は残っていないからである。稽古が終わって、箒で道場を掃除する。そして何人かの人にウルトラマラソン頑張ってと声をかけられる。来週はレース直前なので合気道の稽古は休むからだ。

19日(金)。朝5時半に起き、道志の森キャンプ場まで車で行く。仕事先のリーダー養成キャンプ・野外編に参加するためだ。1泊2日のキャンプでリーダーとしての力を身に付けるというものだ。昨年の同時期に続き2度目である。朝9時には現地に到着し、テントを張ったり、火をおこしたりする。途中、少し時間があったので、竹を切って水鉄砲を作ったりする。子どもたちへのお土産である。夕食をとり、プレゼンテーションや質疑応答をする。真っ暗な森の中、ランタンに集まるたくさんの虫、川の流れる音、ふだんとは違う時空だ。夜中過ぎまで焚き火をする。

20日(土)。8時ごろまで寝ている。キャンプにしては寝坊だ。朝食を済ませ、撤収作業に入る。トカゲを見かける。追いかけて素手でつかまえるが、虫かごの隙間から逃げてしまう。水鉄砲と併せて子どもへのお土産にしようと思っていたのに残念だ。11時すぎに解散。早々に帰宅しランニングをするつもりだったが、どっと疲れがでる。いつの間にか眠ってしまう。地面の固さを感じるテントでの眠りで疲れを取ることは出来ない。

21日(日)。あたかも春一番が吹いたかのように、少しずつ箒で集めていた力が一気に吹き飛んでしまった。おそらくキャンプが原因である。肉体的にも精神的にもマラソンとまったく違う。その間、サロマ湖のことは思い浮かばなかった。何かが「ぷつん」と切れてしまったような気がする。やれやれ、一からやり直さねばならないようだ。こういう時は、とにかく走るに限る。体の方からスイッチを入れ、心の方を引っ張って行く。

しかし朝から雨が降っていて走れない。予定では長めの距離を走る最終日のはずだった。最終調整の予定まで狂ってしまった。物事は上手くいかないものだ。珍しくイライラしてくる。家族から話しかけられても応えに余裕がない。ウルトラマラソンに意識を集中しようとしているのに、どうして関係のないことを尋ねてくるのだという気になる。もちろん自分が間違っていることはよく分かっている。よく分かっているから、それほどひどいことにはならない。子どもが寝る時にはきちんと本を読んで1日を終える。

そして本日、22日(月)。昼休みを長めにとり、20km走る。途中、雨が降り出し、雨の中を走る。(やがてサロマ湖マラソンを振り返った時に、雨の日にもトレーニングをしたものだと懐かしく思える日が来るかもしれない)。予想通りひどいものである。精神にも張りがないし、体も重い。タイムは2時間15分、1週間前には1時間55分だった。20分も多くかかっている。おまけに前回の2倍くらい疲れている。時間がかかった上に疲れ方もひどい。今日のコンディションなら間違いなく途中で走れなくなるだろう。少なくとも途中の制限時間に引っかかってしまうだろう。

何が足りないのだろう。どこで間違ったのだろう。このままで大丈夫なのだろうか。そんなことを考えながら走る。汗と雨が混じり合い、顔を流れていく。迷っている。残り数日、走り込むべきか、体を休めるべきか。迷っているが、不思議と不安はない。迷っているということは、サロマ湖のことが頭から離れないということだ。自然とそのことを思い浮かべるということだ。力が集まってくるということだ。

もう一度やり直そう。しっかりと箒を握りしめ、埃やチリやジャンクなものを集められるだけ集め、風に吹き飛ばされないように大切にサロマ湖まで持って行き、その力をオホーツク海に解き放とう。
20:58:27 | tonbi | |